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(1)老年期うつ病 万成病院理事長・院長 小林建太郎

こばやし・けんたろう 川崎医大付属高、川崎医大卒。川崎医大病院勤務の後、1989年4月から万成病院、現在同病院理事長・院長。日本精神神経学会専門医、精神保健指定医、認知症臨床専門医。

こころの病はいろいろ

 ストレスだらけの現代では、いつもこころが健康な人はいないでしょう。こころの病は誰でもが発病する可能性があります。最近、うつ病や認知症がマスコミでも広く取り上げられていますが、こころの病にもいろいろな病気があります。今回10回シリーズで以下の病気を書かせてもらうことになりました。

 うつ病領域=(1)老年期うつ病(2)双極性障害

 統合失調症領域=(3)症状・治療(4)心理教育

 認知症領域=(5)レビー小体型認知症(6)正常圧水頭症(7)リハビリテーション

 神経症領域=(8)パニック障害(9)強迫性障害(10)不眠症

65歳は老年期か?

 今回は老年期うつ病です。老年期うつ病とは65歳以上の方がかかるうつ病のことです。少し余談ですが、私は35年前に精神科医になりましたが、当時の65歳と現在の65歳は違っている気がします。個人差が大きいことはありますが、元気な65歳以上が増えています。健康寿命も70歳を超えてきており、私は65歳以上とされている老年期の定義を変えていく必要があると考えています。

老年期は喪失の季節

 ともあれ、老年期はうつ病が発病しやすい年代です。老年期は「喪失の季節」とも言われるように、いろいろなものを失う時期です。体力的な衰えはもちろんのこと、健康を損なったり、近親者との別れ、社会的地位や財産を失うといった喪失体験が続く時期です。こうした体験がうつ病の誘因になることがあります。

老年期うつ病の特徴

 老年期うつ病といってもうつ病には変わりありませんが、次のような特徴がみられます。

 (1)不安・焦燥感が強い=イライラしてじっとしておれず、家の中を歩き回り、憂うつな気分より不安が前面に出やすい傾向があります。

 (2)心気症状が強い=心気症状とは自分の健康に過度の不安を持ち、頭痛・めまい・のどのつかえなどを繰り返し訴えます。心配するほどその部に不快感を生じやすく、自律神経の反応も加わり症状は増強します。

 (3)妄想が出現しやすい=「自分は取り返しのつかない大きな罪を犯した」と訴え続ける罪業妄想、「財産がなくなり、今日の生活もできない」という貧困妄想、「回復の見込みがないがんが進行している」と訂正できない心気妄想などが代表的です。

 (4)身体疾患の合併が多い=老化に伴う身体機能の低下もあって、ふらつき、しびれなどの身体症状が前面に出やすくなります。持病として高血圧や糖尿病などを持たれているケースも多く、表1に示した身体疾患や薬剤から、うつ病が起こってくることもあります。

 (5)自殺率が高い=老年期の自殺の背景にはうつ病が潜んでいることが多いといわれます。うつ病は治る病気です。きちんと治療して自殺を防ぐことは、社会的な課題です。

 (6)認知症と間違われやすい=うつ病による精神機能のブレーキが強くなると、注意力や集中力が低下して認知症と間違われることがよくあります。医学的には仮性認知症と呼びますが、典型的なケースを紹介します。

仮性認知症のケース

 Aさんは72歳の男性。2カ月前に友人をがんで亡くしました。町内会の役員をがんばっていたのですが、先月より家に引きこもりがちとなりました。ボーッとしていることが多く、新聞やテレビも見なくなりました。表情も乏しく物忘れも目立ちます。認知症を心配したご家族が本人を連れて受診されました。お話を聞くと「わからん、ボケてしまって……何もわからん」を繰り返されます。

 急な発病で物忘れを過大に訴え、脳画像にも異常がなかったので、うつ病を疑い、抗うつ薬を投与したところ、1カ月で笑顔が戻り、本来のAさんに戻られました。表2に鑑別ポイントをまとめました。ただ中には、うつ病と認知症が共存しているケースもあり、うつ病性仮性認知症でも治療しないと認知症に移行することもあります。

うつ病は治る病気です

 老年期うつ病は頻度の高い病気です。そして、治る病気です。適切な治療で症状が改善されれば、記憶の障害も取り除かれます。おかしいと思ったら早めに、かかりつけ医か精神科医に相談されたらと思います。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2014年02月03日 更新)

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