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小児患者の心筋機能再生 岡山大病院の最新研究

血流改善手術で心臓組織を採取する佐野教授(中央)=岡山大病院提供

先天性心疾患の小児患者に培養した幹細胞をカテーテルで移植する大月教授(右)

 人工多能性幹細胞(iPS細胞)に代表される再生医療に、臓器移植、水素の原子核を加速して照射し、がんだけを破壊する陽子線治療…。21世紀に入ってもエイズなど不治の病はなくならず、人類はその克服に向けて新しい治療法を開発し、日々進化させている。

 その礎となっているのが、新しい治療法の安全性や効果などを確かめる臨床研究や臨床試験だ。国内はもとより、世界中で取り組みが進められている。

 1870(明治3)年6月、前身の岡山藩医学館大病院が設置されて143年余りの時を刻んだ岡山大病院も大きな役割を担う。2013年、中四国地方で新治療法の開発をリードする「臨床研究中核病院」に選ばれ、多くの医師らが昼夜を問わず、自らが信じる研究を少しずつ進めている。

 岡山の地から世界中の患者を救う治療法を―。先天性心疾患の小児患者の心筋機能を再生し、ポンプ機能を強化する治療など、実を結びつつある最新の研究に迫った。

 ◇  ◇  ◇

 「以前は歩いてもすぐに『だっこ』『だっこ』でしたが、今は階段も上れるように。本当に良かった」

 血液を全身に送り出す心臓の心室が一つしかない「単心室症」を患う女児(2)の母親=20代、岡山市南区=の声は、想像以上に明るい。

 女児は出産前のエコー(超音波)検査で単心室症が判明。県内の病院から岡山大病院に転院した後、生まれた。放置すれば命を落としかねない重い病。NICU(新生児集中治療室)で3週間過ごし、すぐに血流を改善する外科手術を受けた。

 顔色が悪い、体重が増えない、しんどい様子を見せる…。これらの症状が改善に向かったのは、昨年8月下旬に受けた治療がきっかけだった。

 その治療法は自らの心臓にある幹細胞を採取して培養、カテーテルで心臓に移植してポンプ機能を強化する「再生医療」。岡山大病院が世界をリードする分野だ。

 具体的な方法はこうだ。血流改善の手術時に採取した心臓組織100ミリグラムから心筋の基になる幹細胞を抽出。10日間の培養で幹細胞を増やし、体重1キロ当たり30万個の幹細胞(2〜3CC)をカテーテルで心臓付近の冠動脈に注入する。

 組織採取を担当するのは、単心室症の一つで、左心室が異常に小さい左心低形成症候群の患者に対する血流改善手術を考案し、世界的にも名が通る佐野俊二・心臓血管外科教授。培養は王英正・新医療研究開発センター教授、注入は大月審一・小児循環器科教授が行っている。

新たな選択肢 

 王教授らは2011年3月、世界に先駆けて安全性を確認する1回目の臨床研究に着手。患者7人の心筋機能は最大で22%アップした。昨年5月からは有効性を確かめる2回目の臨床研究(対象患者34人)に取り組んでいる。

 治療を受ける患者と受けない患者を同意の下で無作為に分け、3カ月後、心臓のポンプ機能などを比較する。治療を受けられなかった患者も希望すれば3カ月後に移植。2月7日までの登録患者は21人(生後6カ月〜4歳9カ月)。全員の組織採取と培養は終わり、9人(生後11カ月〜5歳)が幹細胞移植を済ませた。

 3カ月後の評価を終えたのは6人(治療群3人、非治療群3人)。非治療群は外科手術直後とポンプ機能はほとんど変わらなかったが、治療群ではポンプ機能が9〜17%アップした。「拒絶反応などの副作用もなく、治療効果がはっきり現れている。有効性は高い」と王教授は分析する。

 重度の先天性心疾患の場合、最終的には「心臓移植」しか治療法がなくなる場合も少なくないが、国内では親の心情面などから小児の脳死ドナー(臓器提供者)はほとんど現れない。今回の治療法で心機能をアップさせ、成長して体が大きくなれば心臓移植を受けられる可能性が増し、患者に新たな選択肢をもたらすと期待されている。

保険適用 

 現在は研究として実施している治療法だが、チームの最終目標は「保険適用」だ。実用化に近い再生医療研究に国が資金を集中的に投下する「再生医療実用化研究経費」にも採択され、15年度までの3年間で1億5千万円の補助を受ける。これらの支援を追い風に、2回目の臨床研究は今秋までに終了。来年には国内の医療系ベンチャー企業と連携し、治験に着手する方針だ。

 計画では岡山大と国内2カ所の子ども病院で患者100人を対象に実施。王教授は「治験では心臓組織の採取を血流改善の外科手術時に加え、心機能の状況を把握するカテーテル検査時にも広げ、幹細胞移植を複数回受けられる体制にする。有効性を一段と高め、一刻も早く臨床現場に届けたい」と意気込む。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2014年02月09日 更新)

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