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自由と幸福はトレードオフか 倉敷中央病院長 小笠原敬三

 イアン・フレミング作「007」シリーズが英国俳優ショーン・コネリー主演にて次々と映画化され、昭和39(1964)年、第2作「007危機一発(ロシアより愛をこめて)」が公開されていた時期、ドストエフスキーの長編小説「カラマーゾフの兄弟」を一気呵成(かせい)に読みました。

 私はこの小説で、世の中に冒険小説、探検小説のような娯楽的読み物だけではなく、社会のこと、人間のことを教えてくれる「文学」が存在することに気づかされました。

 革命前夜のロシア社会の矛盾、宗教への信仰、兄弟3人(実は4人兄弟)のそれぞれの家父長制に対する葛藤などを鋭く描写しており、当時の社会状況、精神状況を知ることもできます。

 特に、大審問官の章では無神論者の次男イヴァンと修道僧である末弟アリョーシャが神と信仰をめぐって論争しています。イヴァンは語ります。

 「人間や人間社会にとって自由ほど堪えがたいものはない。良心の自由、選択の自由、自由な決定、善悪の決定など、そうした自由を自分のものにしたい人がいる一方で、そうした自由をもてあまし、決めてくれる専門家を渇望し、その決定を専門家に委ね、それに素直に従いたいと希望する多くの人々が存在する。」

 高校生にとっては難解な小説でした。信仰心厚いアリョーシャが、ロシアの広大な荒涼とした大地を眺めながら、ポケットから取り出したリンゴを皮がついたままコートのすそで擦り、口に運ぶところがなぜか印象的でした。

(2014年2月13日付山陽新聞夕刊「一日一題」)
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2014年02月13日 更新)

タグ: 倉敷中央病院

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