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真理への道 倉敷中央病院長 小笠原敬三

 心理学者アブラハム・マズローは、「人間は自己実現に向かって絶えず成長する生きものである」とし、自分の持つ能力や可能性を最大限発揮し、具現化して自分がなりえるものにならなければならないと述べています。

 昭和40年代初期、身近に自殺する大学生が数多くいました。彼らと同様、20歳に至らず死を選んだ詩人原口統三。死後、友人である橋本一明の妹にピアノを贈る代金にと「二十歳のエチュード」を遺作としました。

 彼は、後に「アカシヤの大連」を書いた清岡卓行とともに、周囲の友人たちから愛馬ロシナンテに跨(またが)ったドン・キホーテと従者サンチョ・パンサのコンビ、つまり、何か現実離れした二人と見られていたといいます。象徴派詩人ランボーに傾倒し、旧制第一高等学校寮内では眉目秀麗な秀才詩人として有名でありました。

 原口統三は、「真理とは何か」と真剣に思索しました。彼は、真理への道は複数あり、どの道を辿(たど)ってもよいと許容していました。人生においては、同じ道を辿らなくても同じレールの上を走らなくとも、自ら開拓していく道も真理へ近づくことが可能であると勇気づけられました。

 生前、数少ない限られた人々としか交流がなかった原口統三が、社会との関係において自己実現をどのように考えたか、私は、知りたいと思います。そして、作品中に何回も出てくるランボーへの畏敬が、私がランボーに惹(ひ)かれる契機となりました。
(2014年3月13日付山陽新聞夕刊「一日一題」) 
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2014年03月13日 更新)

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