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(6)特発性正常圧水頭症(iNPH) 岡山リハビリテーションホーム管理者 藪野信美

やぶの・のぶよし 岡山大安寺高、岡山大医学部卒。香川県立中央病院、広島市民病院、米国ミシシッピ大留学、国立岡山病院、岡山大学病院、岡山済生会総合病院を経て2001年1月から万成病院勤務。現在、万成病院関連施設の岡山リハビリテーションホーム管理者。日本脳神経外科学会専門医、日本医師会認定産業医、日本体育協会スポーツドクター。

【画像1】上段=認知症を認めない正常の高齢者(83歳女性)。脳室は正常の大きさで(A)、脳溝の開大も非常に軽度である(B)▽中段=アルツハイマー型認知症(81歳男性)、著明な脳室拡大(C)と脳溝の開大(D)を認める▽下段=特発性正常圧水頭症(77歳女性)、著明な脳室拡大を認めるが(E)、高位円蓋部の脳溝は非常に狭小化しておりほとんど認められない(F)【画像2】76歳男性。G=手術前で著明な脳室拡大を認める▽H=シャント手術後で脳室の縮小を認め、歩行障害は著明に改善した

 急速に高齢化が進み、歩行障害や物忘れ(認知障害)などのために介護を必要とする高齢者が年々増加しています。一般的に、このような症状があれば、「年齢のせいだろう」と、あきらめている方が多いと思われますが、このような高齢者の中に、手術することにより症状が著明に改善する特発性正常圧水頭症(iNPH)があることが、注目されています。

 iNPHが疑われる患者は、最近の報告では、高齢者人口の約1・5%(30万人以上)いるとされており、予想以上の頻度で、いわゆる“認知症”の中に隠れていると思われます。認知症とあきらめていた時、手術して症状が改善すれば、本人、家族にとって、これほどうれしいことはありません。物忘れ、歩行障害、尿失禁があれば、もしかしたら、それはiNPHによるものかもしれません。一度、専門医を受診してみましょう。

 正常圧水頭症(NPH)は、頭の中の脳脊髄液の流れがスムーズに行われなくなって起こり、くも膜下出血、髄膜炎、頭部外傷など明らかな原因によって起こる二次性NPHと原因がはっきりしないiNPHがあります。原因が明らかであれば診断は容易ですが、そうでない場合(iNPH)は発症時期が不明瞭で、症状も加齢による変化や他の認知症疾患と似ているため、その正確な診断は容易ではありません。

 しかし、最近、この病気が徐々に知られるようになり、症例数が増加するにつれ、いろいろなことが分かってきました。歩行障害、認知障害、尿失禁はiNPHの代表的な症状ですが、高齢者でも日常的にみられる症状ですので、見逃されることがないように、日ごろからこの病気を頭の中に入れておき、「iNPHではないだろうか?」と、まず疑うことが大切です。

臨床症状

 (1)歩行障害(2)認知障害(3)尿失禁―の三つが主症状です。もっとも多くみられるのは歩行障害で、次いで、認知障害、尿失禁の順です。

 (1)歩行障害=初発症状であることが多く、最も重要な症状です。小刻みでよちよち歩く、足が上がらずにすり足で歩く、少し足が開き気味で歩く―が三大特徴で、最初の一歩が出にくい、うまく止まることができない―なども特徴的です。歩行が不安定なため転倒することもあります。

 (2)認知障害=初期には、物忘れ、集中力や意欲の低下、無関心、日常動作の緩慢などがみられ、記銘力(短期記憶)、作業能力の低下が認められます。

 (3)尿失禁=頻尿、切迫性尿失禁(我慢できずに失禁する)を認めますが、これらの症状は、多くの場合、三徴候の中で最も遅れて出現します。

 はiNPHの症状を示したものです。これらの症状があるかどうかチェックし、あれば専門医の受診をお勧めします。

診断

 前述の三徴候を一つ以上を認め、頭部CTやMRIで脳室拡大が認められれば、iNPHが疑われます。ただし、高齢者の認知症でも脳萎縮(画像1中段右D)にともなって脳室が拡大してくる(画像1中段左C)ので、iNPHと鑑別する必要があります。そのために、腰椎穿刺(せんし)により約30ミリリットルの髄液を排除して、歩行障害、認知機能などの症状が改善するかどうかを試す試験(髄液タップテスト)が行われ、症状が改善すれば手術することになります。最近の研究では、前述の三徴候を一つ以上を認め、MRIまたはCT画像上、(1)脳室拡大(画像1下段左E)(2)高位円蓋部脳溝・くも膜下腔(くう)の狭小化(画像1下段右F)(3)シルビウス裂・脳底槽の拡大―のすべてを認めた場合、約80%の症例で手術(髄液短絡術)の有効性が証明されており、症状と画像所見によりかなり高い確率で確定診断が可能になっています。

治療

 過剰に溜(た)まった髄液の一定量を流すことにより、症状が改善します。この手術を髄液短絡術(シャント手術=髄液を流す手術)といい、いくつかの方法がありますが、脳室腹腔短絡術(脳室にチューブを挿入し皮下を通して髄液を腹腔に流す)が一般的です。

 iNPHは手術により症状が改善する可能性が高いので、歩行障害、認知障害、尿失禁のいずれかの症状があれば、iNPHを疑い、早めに専門医を受診することを、ぜひ!お勧めします。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2014年04月21日 更新)

タグ: 介護高齢者万成病院

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