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(16)山陽病院 地域とつながり「人」を診ていく

“森”が広がる中庭。憩いの場であり、コミュニケーションの場となっている

機能訓練室の一角に設けられたキッチン。自立に向け患者たちが料理などに取り組む

(上段右から)中島唯夫院長、矢田重子看護部統括部長、(下段右から)中島良彦理事長、中島聖恵施設長

 エントランスホールから少し入ったサロン風の待合室。ガラス張り壁面の向こう、病院の中庭に“森”が広がる。植え込みといった言い方では似つかわしくない。1600本を超える樹木が植えられている。

 木々は病院の敷地全体もぐるりと囲う。総数約1万2千本。アラカシ、シラカシ、ヤマザクラなど見慣れた木が多い。植物生態学者で横浜国立大名誉教授宮脇昭さんの指導の下、土地本来の樹木を植栽してきた。緑の木々は今、病院のシンボルとなり、職員たちは“鎮守の森”と呼んでいる。

 内科神経科医院を前身とし、1980年に開院。病棟を順次新増改築し、現在は精神科、内科に加え歯科も併設。病床数219を数える。

 2012年には通所の精神科デイケアを始めた。暗く、閉鎖的なイメージだった精神科病院をめぐる環境は近年、大きく変わった。「薬の進歩により、以前に比べれば入院を要さない患者さんが多くなった」と中島唯夫院長。セロトニンドーパミン拮抗(きっこう)薬など新しい薬が登場し、大きな副作用なしに患者の症状を抑えられるようになった。彼らは地域に暮らしながら、病院に通ってくる。

 木々は、そうした地域と病院の、人と人の心をつなぐ役割を果たしている。植樹祭には地域住民や近隣小学校の児童たちも多数参加。病院の夏祭りなども毎回、盛り上がる。

 精神科医療の進歩を背景に、国も病床数削減と患者の地域移行を進めている。院内の機能訓練室の一角に、アパートのキッチンと食卓をそのまま移設したようなコーナーがある。患者たちが自立に向け、食事づくりなどに取り組む場所だ。デイケアに続いて開設を目指すのはグループホーム。中島院長は「患者たちが自立へ歩むという意味で、世話してもらうだけの場所ではなく昔の『下宿』のような施設にしたい」と話す。

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 厚生労働省は1月初旬、団塊の世代が75歳以上になる2025年に、認知症の人が700万人に達するという推計を発表した。12年時点で認知症高齢者数は462万人。中旬には警察庁が道交法改正の方針を固めた。検査で認知症の疑いが指摘されれば違反がなくても医師の診断書を求め、診断次第で免許取り消しの対象にする。下旬には政府が認知症国家戦略を決めた。

 そうなった人の問題という側面を持つ病気やけがと違い、高齢化にまつわるさまざまなハンディは誰にも訪れ得る共通の課題だ。だからこそ社会は挙げて取り組みを進めてきた。今後も努力を続けねばならない。

 山陽病院は社会のニーズに沿う形で、早くから高齢者医療やケアに取り組んできた。1992年に老人保健施設「藤崎苑」を開設し、94年にはデイケアを始めた。病院の母体・医療法人社団良友会のグループ法人が運営するケアハウス「ロータス桑野」も、既に十数年の歴史がある。中島聖恵施設長(良友会常務理事)はケアハウス建設時、どのような施設内容にするか迷った末、「何より自分自身が入りたいと思うような施設に」をコンセプトにしたという。

 認知症、老人性うつ…今では病院の入院患者も若い人より高齢者の方が多い。「心を病んだ精神科の患者さんといかに心を通わせるか。相手を分かってあげることが出発点。精神科病院のそうした医療と看護の姿勢は、認知症などのお年寄りとコミュニケーションを取る上でも役立っている」。病院の矢田重子看護部統括部長は話す。

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 一般の精神疾患にしろ認知症にしろ、患者の心と向き合うには医療やケアに携わる側に相応の“力”が求められる。中島良彦良友会理事長は「有機体システム思考」を職員たちに説く。「有機体システムとは、多様な構成要素が、それぞれの個性を保持しながら、同一の目的に向かって機能し、行動する組織体」と説明する。「問題を他人事とせず、自分が解決しなければという当事者意識を持てば、有益な情報が集まり、解決の糸口が見えてくる」。

 地域とのつながりの中で施設や設備を整え、人を育て、社会に貢献する。山陽病院のサイトには「疾患を診るのではなく、一人の人を診ていく」という言葉がある。

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 山陽病院((電)086―276―1101)
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2015年02月02日 更新)

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