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(9)高齢者の身体と歯周病治療 岡山大学病院歯周科講師 山本直史

やまもと・ただし 兵庫県立長田高、岡山大歯学部卒、同大学院歯学研究科(博士課程)修了。日本歯周病学会認定医、インフェクションコントロールドクター、歯科医師臨床研修指導歯科医。

フレイルサイクル

 ライフステージが進むと、高齢者はさまざまな病気を発症し、それに伴って治療を受け、いろいろなお薬を服用しますから、高齢者に対する歯周病治療は難しくなります。

 加齢とホルモン量の低下によって生じる骨粗鬆(そしょう)症は、骨折のリスクと介護度の必要性を高めますから、高齢者医療における重点疾患の一つです。

 骨粗鬆症の治療薬の中のビスフォスフォネート製剤(BP製剤)や抗RANKL抗体製剤というお薬を用いた治療を受けた場合、歯周病治療や抜歯を行った後の傷の治りが悪くなり、顎の骨が露出したままになってしまうことがまれにあります。また、このお薬は、がんの骨転移の治療や長期ステロイド治療の併用薬として使われることがあるので、これらの治療を受ける前に、しっかり歯周病治療を受けておくことが重要です。

 ライフステージのさまざまなイベントによって、高齢者になった時には免疫力が低下し、細菌感染のリスクが高くなることがあります。お口の中には、歯周病原菌など多くの細菌が棲(す)んでいることから、お口の細菌が血液循環を介して全身状態の悪化につながることがあります。

 加齢による変形性関節症や関節リウマチの治療に行われる人工関節手術などの全身麻酔下での手術や、強い炎症を伴う病気に対するステロイド療法、そして、がんの放射線治療や化学療法などの治療後の発熱や肺炎のリスクを減らすためにも、術前後の歯科治療(周術期口腔管理)によって、歯周病をはじめとするお口の感染症を減らすことが重要となります。

 WHO(世界保健機関)は2000年に「健康寿命」という概念を提言しました。これは、健康上の問題で日常生活に制限なく生活できる期間を指します。近年の急速な高齢化によって、平均寿命と健康寿命の差が大きくなり、要介護者が増加することが社会問題となっています。

 前述の骨粗鬆症や変形性関節症などの疾患による運動器の障害によって、歩行機能の低下、介護・介助の必要性が高まる状態(ロコモティブシンドローム)、そして、加齢による筋肉量・筋肉機能の低下(サルコペニア)と心身の活力が低下した状態(フレイル=虚弱)という一連の加齢障害には、食事摂取量の低下、栄養失調が密接に関わっています=。したがって、健康な歯を維持することによってお口から十分な栄養を摂取することが、あらためて重要視されています。

 フレイルサイクルに陥った高齢者は、身体機能の治療に加えて、家族関係や社会関係の改善、そして、歯周病治療などお口の治療を含めた栄養状態の改善によって、再び健常な状態に戻る可能性があると考えられています。したがって、高齢者に対して早期から適切な歯周病治療を継続的に行うことによって、健康寿命の延長に貢献することが期待されます。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2015年04月06日 更新)

タグ: 高齢者岡山大学病院

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