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(14)スポーツ外傷治療 川崎医科大付属川崎病院整形外科 阿部信寛部長(川崎医科大スポーツ・外傷整形外科学教授)

前十字靱帯損傷に対する関節鏡手術をする阿部部長(中央)

(写真右)断裂した前十字靱帯。上方部が欠損している(左)再建手術後1年を経た靱帯。ほぼ正常に修復されている

コンピューターナビゲーションシステムの画像を指さし談笑する阿部部長(左)

低侵襲の関節鏡手術 ミリ単位で勝負

 「膝(ひざ)が抜けたような感じ」「肘(ひじ)がしびれる」「足首が痛む」

 部活動に情熱をぶつける中高大学生にはじまり、サッカーJ2のファジアーノ岡山、なでしこリーグ1部の岡山湯郷ベル、バレーボールV・プレミアリーグ女子の岡山シーガルズなど、岡山県内外から大勢のアスリートが阿部のもとを訪れる。

 阿部は、膝の靱帯(じんたい)や半月板の損傷、肩の脱臼、肘の骨や軟骨がはがれる関節遊離体などのスポーツ外傷治療の専門家。昨年1年間に行った低侵襲の関節鏡手術は中四国最多の250例に上る。

 関節鏡手術は、約5ミリの穴を2カ所開け、胃カメラのように管の先端にレンズとライトが付いた関節鏡を挿入。手術部位を拡大したモニターを見ながら、もう一つの穴に鉗子(かんし)を入れて処置をする。

 最も症例が多いのが膝の前十字靱帯断裂で、昨年1年間に約130例手掛けた。全国でも指折りの実績だ。靱帯は自然に修復することは少なく、このため、切れた靱帯の代わりに、運動機能に影響のない膝の腱(けん)を使って靱帯を再建する。骨孔(こつこう)と呼ばれる骨に穴を開けそこに腱を通すが、穴の位置がほんの少しでも狂えば、膝の動きが悪く、半月板などにも悪影響が及ぶ。事実、他院で手術を受けた患者の手術をやり直すこともあるという。

 「まさにミリ単位の勝負。青春、人生をスポーツに懸けた選手たちのために失敗は許されない」と強調する。

 前十字靱帯の再建と併せ、半月板を縫うことも多い。半月板は膝の曲げ伸ばし機能をつかさどり、断裂や変性を起こすと、より症状が重い変形性膝関節症へ進行する。半月板の内側は血流がなく縫合が難しいが、少しでも選手の期待に応えられるよう、繊細な手技を駆使して可能な限り縫っている。

 関節鏡手術を行う医師は、肩、肘、股、膝、足首といった部位別に専門化が進んでいる。部位によって最適な術式が異なるためだ。しかし、阿部は運動機能に関わるあらゆる部位を執刀できる技量を持つ。

 「患者の希望をかなえるのが務め」と阿部。大会が目前に迫っていたり、学生でその大会が最後と決めている場合などは無理に手術をせず、痛み止めの注射やリハビリなどを提案する。

 関節を滑らかに動かすために大切な膝の軟骨損傷の治療を大きく変える可能性も切り開いた。

 2013年、岡山県内初の自家培養軟骨移植手術を成功させたのだ。患者から採取した軟骨(0・5グラム)をアテロコラーゲンというタンパク質と混合して4週間培養し、増殖した軟骨を患部に移植した。

 軟骨は血管や神経が通っておらず一度損傷すると再生しない。小さい損傷なら別の軟骨を移植できるが、4平方センチ以上の大きな損傷に対しては有効な治療法がなく、やむなく人工関節にするケースが少なくなかった。

 この年に保険適用された最新治療。「患者の術後の経過も全く問題ない。一般的な治療法となるよう、今後も症例を重ねたい」と声を弾ませる。

 その人工関節の置換手術は、正しい位置に人工関節を入れることができなければ、痛みが改善しなかったり運動動作が制限される。川崎病院は正確に設置できるよう、全ての症例にコンピューターナビゲーションを取り入れている。阿部自身、岡山県内で最も早い04年からナビゲーションを使用した人工膝関節置換術を行っている。

 川崎医科大教授として研究にも心血を注ぐ。

 川崎病院を含め、国内で取り入れられているナビゲーションシステムは全て海外で開発されたものだったが、昨年11月、岡山大、東京大、医療機器メーカー・帝人ナカシマメディカル(岡山市東区上道北方)と共同で、国内初のシステムを開発した。「開発に当初から関わったことで、従来システムよりもさらに低侵襲で、より高い安全性を担保できた」と話す。

 ファジアーノ岡山のチームドクター。リハビリ医、トレーナーと連携し、選手をサポートする。「今季こそ、J1昇格の感激を味わいたい」

 あべ・のぶひろ 大阪星光学院高、岡山大医学部卒、同大学院医学研究科修了。米・カリフォルニア州立大ロサンゼルス校(UCLA)留学、岡山大大学院運動器知能化システム開発講座准教授などを経て、2012年10月から現職。日本整形外科学会専門医、日本体育協会認定スポーツドクター。49歳。


人工膝関節
術後の患者 満足度8割程度

 膝(ひざ)関節の軟骨などの損傷が大きく、リハビリや投薬などの保存療法や関節鏡手術などでは症状の改善が見込めない場合、痛んだ関節の代わりに金属やポリエチレンでできたインプラント(人工物)を埋め込む。阿部は、これまでに約1500例の人工膝関節置換術を行った。

 人工関節はおおむね20年程度で取り換える必要がある。正座が困難だったり、1~2%の割合で感染症を起こすデメリットもあるなど、術後の患者の満足度は8割程度にとどまるという。

 膝の形態、靱帯(じんたい)のバランスは患者個々で異なり、コンピューターテクノロジーを駆使した緻密なオーダーメード治療が求められており、帝人ナカシマメディカルなどとの共同研究では、出血などの侵襲が少なく、正座などの機能回復をより期待できるインプラントの開発を目指している。



 川崎医科大付属川崎病院(岡山市北区中山下2の1の80、(電)086―225―2111)
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2015年04月20日 更新)

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