文字 

(10)高齢期における歯周病 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科歯周病態学分野助教 小林寛也

こばやし・ひろや 岡山芳泉高、岡山大歯学部卒。同大学院医歯薬学総合研究科(博士課程)修了。徳島大病院学術研究員を経て、2014年から現職。岡山市出身。

図1

図2

 みなさんは「8020運動」をご存知でしょうか? 1989年から当時の厚生省(現厚生労働省)と日本歯科医師会が推進している「80歳になっても20本以上自分の歯を保とう」という運動です。運動開始当初の達成率は約7%(平均歯数4~5本)と極めて低い状況でしたが、2007年には、目標であった20%を上回る25%(平均歯数約10本)を達成しました。さらに、11年に実施された歯科疾患実態調査では、8020達成者は38%を超えており、今後も増加することが予測されています。

 これは、国民一人一人が自身の口の中(口腔(こうくう))に関心を持ち、日々の歯磨きによるう蝕(むし歯)や歯周病の予防、あるいは、定期検診における早期発見・早期治療によって得られた結果です。しかし、現在歯数(今保っている歯数)が増加するとともに、歯周病に罹患(りかん)して深い歯周ポケット(歯と歯茎の間の溝)を有する人も増加していることも分かっています(図1)。つまり、口腔の細菌感染が問題となっている高齢者が増加しているということです。このような背景がある中で、もし、自分で歯磨きができなくなり、口腔の状態が悪くなったら、どんなことが起きるのでしょうか?

 日本は世界に類をみないスピードで高齢者が増加しており、現在、人口の約4人に1人が65歳以上という超高齢化社会へ突入しています。今後も平均寿命は延びると予想されていますが、一方、介護が必要な方も年々増加してきます。

 脳血管疾患、認知症、そして衰弱などで介護を必要とする方は、介護施設への入所や医療機関への入院などさまざまな状況に置かれています。介護が必要な方は歯磨きが満足にできなくなり、多量の食渣(しょくさ)(食べ物の破片)や歯垢(しこう)(プラーク=細菌の塊)が残存することによって、また、お薬の影響と老化によって唾液の量が減少して、う蝕が多発し、歯周病がどんどん進行します(図2)

 また、適合の悪い義歯(入れ歯)や歯がない(歯の欠損)ままであったり、前述のように唾液量が減少したりすると、十分に噛(か)み砕けずに飲み込みにくくなり、口の基本的な機能が低下します。その結果、食べ物や唾液が誤って気管に入り、口腔の細菌が肺に達することで肺炎を発症してしまうことがあります。これを誤嚥(ごえん)性肺炎といい、最悪の場合、生命の危機にさらされる可能性があります。11年度には、肺炎が脳血管疾患に代わって死亡原因の第3位に上昇しました。これは誤嚥性肺炎患者の増加による影響と考えられています。

 誤嚥性肺炎の予防には、摂食・嚥下機能の改善はもちろんのこと、口腔を清潔に保つことが重要です。寝たきりの方や認知症患者は、歯磨きが十分に行えないため、誰かが代わりに口腔を清潔に保つ必要があります。毎日口腔ケアをするためには、歯科医師や歯科衛生士だけではなく、病院の看護師や介護施設のスタッフ、もっと身近なところで家族の方々の協力が必要です。

 周囲の方々のサポートを得ながら口腔のトラブルを未然に防ぎ、人としての尊厳を最期まで保ったまま終生(誕生に対する反対語と考えてください)を迎えることができる。このような社会の構築が、これからの日本には絶対必要なのです。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2015年04月20日 更新)

タグ: 健康岡山大学病院

ページトップへ

ページトップへ