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(下)変貌するがん治療 川崎医科大臨床腫瘍学・講師 同大付属病院臨床腫瘍科医長 山村真弘

やまむら・まさひろ 福島県・双葉高、川崎医大医学部卒。同医大臨床助手、医療法人錦病院など経て2008年から川崎医大講師・同付属病院臨床腫瘍科医長。専門分野は消化器がん、希少がんの分子標的治療。日本外科学会専門医。

表1

図1

~ゲノム解析による近未来のがん分子標的治療~

【はじめに】

 日本人のがん罹患(りかん)数は85万人(2011年)、がん死亡数は36万人(13年)であり、15年には罹患数が98万人、死亡数が37万人になると予想され、がん患者は毎年増え続けています。日本人は生涯で2人に1人ががんになり、3人に1人ががんで死ぬという、まさに国民病です。

【がんの3大治療の変貌】

 がんの治療は、手術療法、放射線療法、薬物療法が3本柱であり、さらにこれらを組み合わせた集学的療法を行います。日本では、長らく手術ががん治療の中心を担っており、「がん治療医=外科医」で、放射線療法や薬物療法は補助療法的な位置づけでしたが、近年これらの治療も大きな変貌がみられています。

 手術は、がんをすべて切除できる場合に限定し、手術が困難であれば積極的に放射線療法や薬物療法を行います。その背景には、新しい放射線治療や薬物療法の目覚ましい進歩が考えられます。

 放射線療法は手術と違い、体を切らずにがん治療ができることが最大のメリットです。ただし、従来の照射法ではがん細胞だけでなく、正常細胞にもエックス線が照射されるのが難点でした。この問題を克服すべく、がんにより多くの放射線をあてる強度変調放射線療法(IMRT)や定位放射線療法、がん細胞のみにピンポイントで照射できる重粒子線治療や中性子捕捉療法(BNCT)まで登場しています。

 薬物療法は、主に手術が困難な進行がんに行われる治療ですが、近年最も変貌を遂げた治療といえます。長年行われてきた抗がん剤治療は、正常細胞も攻撃するので重篤な副作用が出やすいという難点がありました。2000年代になると、がん細胞のみを狙い撃つ分子標的薬が登場し、多くの進行がん治療に劇的な変化をもたらしました。

【ゲノム解析技術の進歩による分子標的薬時代の到来】

 近年、目覚ましい遺伝子解析技術の進歩で、がんの発がんや増殖に重要な関わりをもつドライバー遺伝子異常が発見され、分子標的薬の開発が可能となりました。

 代表的なものとして、BCR―ABL陽性慢性骨髄性白血病や、KIT陽性消化管間質腫瘍(GIST)に対するイマチニブ、EGFR変異陽性肺がんに対するゲフィチニブ、EML4―ALK融合遺伝子陽性肺がんに対するクリゾチニブ、BRAF変異悪性黒色腫に対するベムラフェニブなどがあり、がんの個別化治療の実現が可能となりました。日本で承認された5大がんに対する分子標的薬を表1に示します。肺がんに6種類、大腸がんに4種類、乳がんに6種類、胃がんと肝臓がんがそれぞれ1種類ずつ承認されています(15年2月現在)。

 また、1997年に世界で初めて分子標的薬が登場してから2015年2月まで、複数のがんに対して国内外で61種類、日本で37種類の分子標的薬が承認されています。

【近未来のがん分子標的治療】(図1)

 毎年複数のがんに新しい薬剤が開発されていますが、薬剤開発の臨床試験において臓器がん単位で臨床試験を行うため、肺がんのドライバー遺伝子が大腸がんで見つかっても、肺がんの治療薬を大腸がんで使用することができないのが現状です。すでに日本でも、このような現状に対応すべく、いくつかのプロジェクトが進行しています。

 肺がんではゲノム解析の結果、EGFR変異、ALK融合遺伝子以外に、RETやROS1融合遺伝子など複数の遺伝子異常が見つかっています。これらの結果をもとに、国立がん研究センターでは全国192施設の医療機関から集められた肺がんサンプルの50個のゲノム異常をCancer Panelで調べ、RET融合遺伝子またはROS1融合遺伝子があればそれぞれの阻害薬の臨床試験に参加するという試みが、LC―SCRUM―Japanで行われています。

 近い将来、がんは、肺がんや大腸がんといった臓器がんではなく、〇〇遺伝子がんと呼ばれ、標的分子に応じた分子標的薬の使用が可能となることが期待されます。

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 川崎医科大学病院((電)086―462―1111)
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2015年06月01日 更新)

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