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(7)認知症と体調管理 倉敷平成病院認知症疾患医療センター長・神経内科部長 涌谷陽介

涌谷陽介センター長

 ところで、「もの忘れ外来」に行くといきなり「もの忘れひどくなっていませんか?」「今日は何年何月何日ですか?」とか、「昨日の夜、何を食べたか覚えていますか?」なんて尋ねられると思っている方いませんか?

 確かに初めての時や半年~1年に1回は記憶などの認知機能の検査を行いますが、診察室で顔を合わせた時にいきなりそんなことを尋ねたりすることはありません。

 私が(神経)内科医ということもありますが、普通ににっこり挨拶(あいさつ)をしてから、「最近体調はいかがですか」、「食欲はどうですか」、「出るもの出ていますか(お通じやお小水)」、「足がむくんだりしていませんか」、「目や耳は大丈夫ですか」、「散歩とかで体を動かしていますか」、「困ることはありませんか」、「よく眠れていますか」などなど直接ご本人に体調に関して尋ねます。

 やりとりをしながら、まぶたを見たり(貧血がないか)、足を見たり(浮腫や膝の腫れなどがないか)、胸の音を聞いたり(心臓や肺の音や皮膚の様子)、手足を動かしたり(麻痺(まひ)や関節の硬さがないか)、時にはお腹を触ったり(お腹の動きやしこりの有無など)します。

 また、診察室の出入りの時に、歩きぶりや姿勢・バランスの変化といった足腰の様子をみています(パーキンソン症状など神経系の観察にもなります)。表情や顔色・声色の変化も大切な情報です。体重、体温、血圧も受診のたびに測ります。耳が遠くなってきたなあと思ったら、耳垢(あか)で耳が詰まってないかだってみたりします(意外に頻度高し)。

 こういった問診や診察で、思いがけずご本人やご家族が気にかけていなかった体調の変化に気づくこともあります。返事をされるご本人のななめ約45度後ろで、ご家族など同伴されている方が「いえいえ、そんなことはありません」といった表情を浮かべたり、ご本人とは異なるコメントされたりすることもありますが、その違いも体調や認知機能の変化を推定する上でとても参考になることがあります。

 「もの忘れ」が増えると、探し物が増える、同じことを尋ねる、日付があいまい、金銭管理がうまくできないといった不自由さのように他者からわかる変化として現れますが、自分の体調に関する情報もうまく覚えておけなくなることも増えます。

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 エピソード記憶(出来事記憶)を中心とした認知機能は、実は自分の体調をモニターするためにもとても大切な機能なのです。

 教科書的に言うと、例えば「昨日の夜、何を食べましたか?」という質問は、アルツハイマー型認知症の初期症状(エピソード記憶の障害)をチェックするために汎用され、食事の内容や付随する情報(いつどこで誰と、など)をうまく思い出せないと「記憶障害あり」という見立てにつながります。しかし、一方で「何を食べたか覚えていない」ということは、「体調をモニターする力が衰えつつある」ことにつながることを理解しておく必要があります。

 医療的に顕著に現れる例としては、やはり服薬管理の不十分さが挙げられます。認知症の方は高血圧や糖尿病といった生活習慣病や腰痛・関節痛など持病を抱えている方も多く、服薬管理が不十分になると持病が悪化したり合併症が増えたりします。

 また、思わず「きちんとお薬は飲んでいます」(実際には飲み忘れたり適当に間引いて飲んだりしている)と答えたり、以前の体調不良を最近体験したことのように話したり(例えば診察室の冷たいエアコンの風にあたってちょっと鼻水がでると、以前の花粉症のことを思い出して話す)すると、いつの間にかお薬の種類や量が増えてしまうこともあります。

 このタイミングで周囲が気づいて服薬のサポートを始めると、むしろお薬の飲み過ぎになり副作用が出やすくなることだってあります。

 服薬管理が不十分になったと気が付いたら、周りが「ちゃんと飲まんといけんが!!」と叱ったり、「処方箋通りのませなきゃ!」と頑張りすぎたりせずに、まずはもう一度体調を見直す機会と捉えて、大切な薬がどれなのか、量が適切であるのか、飲み方を簡便にできないかなど、医師と相談していきましょう。

 また、同じようなものばかり(甘いものや塩辛いもの、あるいは素麺(そうめん)ばかり)を食べたり、外出や散歩が少なくなったりしていることも同時に起こっていることもあるので、体調を維持するのにとても大切な日頃の栄養や運動についても、一緒に考えていくのがいいでしょう。

 お口や耳目の健康(歯磨き・入れ歯、耳掃除・補聴器、メガネ・白内障など)も、一度チェックしておくといいですね。

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 倉敷平成病院((電)086―427―1111)
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2015年06月01日 更新)

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