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(8)もの忘れ外来の診察室から 倉敷平成病院認知症疾患医療センター長・神経内科部長 涌谷陽介

涌谷陽介センター長

 さて、最後の回に問題です。以下の言葉の前に漢字一文字をつけると熟語が出来上がります。その漢字一文字はなんでしょう。

 「カイ」、「シギ」、「ジ」、「カカイ」、「オン」、「ウン」、「カノウ」、「ミン」、「コウ」、「マン」、「ケツ」、「アン」、「ジユウ」、「ホンイ」、「シン」、「カッコウ」、「ユカイ」、「アンテイ」(回答は一番下)(ヒント=『認知症』と聞いたときに私たちが抱く幾つかのイメージ)

 診察室の最少人数は、患者さんと医師の2人ですよね。たいてい看護師さんもいて3人です。もの忘れ外来では、ご家族などの同伴者もいてくださることが多いのでたいてい4~5人程度になります(いろいろな都合をやりくりして同伴していただいていつも本当にありがとうございます)。

 もの忘れ外来の診察室の人口密度はたまにとても高くなり、患者さん、医師、看護師、ご家族(最高5人)、ケアマネジャー、施設スタッフ、病院ソーシャルワーカー、心理士さんといった具合に、患者さんを支えてくださっている方々全員集合!ということだってあります。

 そんなこんなで、もの忘れ外来では、これまでに解説したような医学的な話題よりも、人生楽ありゃ苦もあるさの話、趣味の話、楽しみの話、生活状況、介護サービス利用時の様子、身体機能、整容、入浴、排泄(せつ)、自動車運転、施設のこと、家族関係、ご本人や介護者のストレス、地域との関わり、介護保険、お金の話、いわゆるもの取られ妄想や徘徊(はいかい)、などなど、多岐にわたる話題がでます。その中で何か解決すべき状況があれば、私の力はほんの一部にすぎないので、みんなで知恵を合わせて工夫を重ねていくことになります。いうなれば「認知症よろず相談室」ですね。格好よく言うと「病態を知る」、「不自由さを知る」、「その人を知る」の実践の毎日です。また、「ないもの探し・できないこと探し」だけでなく「あるもの探し・できること探し」をするようにも心掛けています。

 もう50歳近くなったからでしょうか、以前にも増して、仕事をするにもたくさんの人に支えられているなあ、という感覚を持つようになりました。「おかげさまだなあ」と。もの忘れ外来では、同じ認知症の方から「人の世話になりたくない、迷惑をかけるつもりはない」というツッパリ感と、「人の世話になってばかり、迷惑をかけてばかり」というガックリ感の両極端の気持ちをお聞きすることがあります。

 周りが必要と考える(時として押し付けてしまう)サポートを嫌がったり、叱られていると感じたり、そうなってしまった自分のことを嘆いたり、一番身近な人に角をだしてしまったり…。

 でも、適切な(できれば心地よい)サポートを受けているうちに、なんとはなく「おかげさまだなあ」・「ありがたいなあ」・「安心だなあ」という気持ちが増えてくると、不自由さはあっても生活はとても落ち着き、診察室での表情だって良くなることも多いのです。

 認知症の早期診断はとても大切です。早期診断が患者さんやご家族にとっての「早期安心」につながるためのいろいろな工夫(お薬にしろケアにしろ)もありますし、それを支える仕組みも以前よりずっと増えました。国もその仕組みについては、認知症に関する「新オレンジプラン」の中で目標を定めたりしています。

 私は認知症の方が好きになります。でも、その方の脳に起こっている病には医学的な興味はもつとしても好きではありません。いろいろな工夫で認知症の症状が改善したり、生活機能を維持できるようになったりしてきて素晴らしいと思う半面、時計を逆回しにするような治療法が今のところないこともよく知っていて落ち込むことだってあります。私の夢は、認知症の素晴らしい画期的な予防法や治療法が開発されたのを見届けて(できれば自分も関わりたい)、医師としての仕事に区切りをつけ、小さな珈琲(コーヒー)屋さんを開くことです。残念ながら現時点でこの夢は夢のままなので、認知症の方とご家族など関わる方々の伴走者・伴奏者として、一生懸命仕事をするしかありません。

 ◇

 さて、全員正解だと思いますが、問題の答えは「不」という文字ですよね。私のつたない文章が、みなさんの心の中の認知症に対する「不」を少しでも小さくできているならとても嬉(うれ)しいです。

 ◇    ◇

 倉敷平成病院((電)086―427―1111)
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2015年07月20日 更新)

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