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(2)岡山県、児童の歯科保健は全国2位 朝日医療専門学校岡山校校長・ベル歯科衛生専門学校校長 渡邊達夫

 岡山は新生児死亡率が日本一少ない県で有名だった。山内逸郎先生はじめ多くの産科、小児科の先生方の努力のたまものである。平成22年度の学校保健統計によると、岡山県の児童はムシ歯が少なく、新潟県に次いで第2位である。児童のムシ歯もなんとかここまでこぎつけた。小学校の養護や保健主事の先生、学校歯科医のおかげである。正しい理論に基づいて、実践した結果、成果が確認できた。地道な努力が実ったのだ。

 利根川進さんは、エイズハンドブックという本の中で「私は科学者として物事を考えるとき、事実をもとにして論理を組み立て、結論に至るようにしている」と書いてあった。小学生のころ、科学者にあこがれていた私は、科学と言う言葉にめっぽう弱いが、科学が何かは分かっていなかった。利根川さんが言うように、「事実をもとにして論理を組み立て、結論に至る」ことが科学の考え方だったら、それを真似まねしたらいいのだ。

 今から30年前の日本は、まだまだムシ歯大国だった。100%の人が歯磨きしているのに、100%近い人がムシ歯にかかっていた。この事実をもとにして、論理を組み立て、結論に至るとすれば、「歯磨きするとムシ歯になる」と考えることもできる。そんなバカな。論理の組み立てが間違っているか、事実が間違っている。この事実からあえて結論を出すとすれば、「歯磨きだけではムシ歯予防はできない」という程度だろう。

 大正時代、今から90年ぐらい前、伊澤重造という歯科医がライオンから歯ブラシと歯磨き粉を寄贈してもらい、兵庫県の豊岡小学校でムシ歯予防に取り組むという記事が載っていた。当時は成果が上がらなくても、実行したというだけで記事になったのだ。ムシ歯予防に成功した、というものではなかった。

 1950年、アメリカのフォスディックは、1日3回、食後3分以内に3分間歯磨きをしたグループ(3―3―3方式)と何もしないグループに分けて、2年間の実験をした結果、3―3―3方式をやったグループはムシ歯が少ないことを示した。この事実が受け入れられ、3―3―3方式が世界中を駆け巡った。

 それから約25年後、ホロヴィッツ(アメリカ)は「歯磨きではムシ歯予防できない」という結論を導いた。その後、歯磨きでムシ歯予防ができるという報告と、できないという報告が両方出てきた。よく調べてみると、フッ素の入った歯磨き剤を使えばムシ歯予防ができるということが分かった。たくさんの国で独立した実験をして、歯磨きだけではムシ歯予防はできないとの結論が導かれると、なぜフォスディックの研究だけがムシ歯予防に成功したのだろうか、という疑問がわく。フォスディックが3―3―3方式をやらせたのは歯学部の学生で、対照として何もしなかったのは法学部の学生だったことが分かった。歯学部の学生だからムシ歯が増えなかったので、歯磨きの効果ではなかった。それ以来、「歯磨きだけではムシ歯予防できない」のは学会の定説になったが、フッ素の入った歯磨き剤を使えばムシ歯予防はできる。

 日本でフッ素反対運動が盛んだったころ、歯磨き剤を作る会社もフッ素配合歯磨き剤を作るのには及び腰だった。科学が未熟な時代は毒物ゼロ志向が強い。フッ素は劇物だから絶対摂とってはいけない、というものである。しかし、科学が進歩してくると、フッ素が無かったら生物は成長できないし、この濃度だったらムシ歯予防ができ、これ以上だったら害があるということが分かってきた。毒物でも上手に使えば益になるという、毒物コントロール志向、毒物マネージメント志向が芽生えてくる。歯磨き剤の製造、販売会社の決断によってフッ素配合歯磨き剤が世に出回るようになり、今ではフッ素入り歯磨き剤の市場占有率は90%以上になった。おかげで、日本中の子どものムシ歯の数が減ってきた。フッ素入り歯磨き剤は大人のムシ歯予防効果もある。フッ素入り歯磨き剤の箱には、フッ化ナトリウムとか、モノフルオロリン酸ナトリウム、NaF、MFPと書かれてある。歯磨き剤を買う時、ちょっと見ていただきたい。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2012年03月05日 更新)

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