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(1)乳がんの疫学と予防について 岡山大学病院 乳腺・内分泌外科教授 土井原博義

土井原博義教授

乳がんの疫学

 2011年度に乳がんになった女性は72000人といわれており、1990年代前半から女性におけるがん罹患(りかん)数の第1位です。まだまだ増加傾向にあり、2015年度には89400人の女性が新たに罹患すると予想されています。日本乳癌(がん)学会のがん登録のデータによれば、年齢別では40~60歳代の子どもの教育や仕事で多忙な壮年期や中年期に多くみられ、最近では特に60歳代の増加が目立ちます。一方、死亡についてみると13年度には13100人の女性が乳がんで亡くなっており、大腸がん、肺がん、胃がん、膵臓(すいぞう)がんに次いで第5位です。

 年齢別では多くのがんで高齢になるほど死亡率が上昇しますが、乳がんでは50~60歳代に多いのが特徴で、特に30~60歳代では乳がんによる死亡数は他のがんに比べて一番多くなっています(15年度国立がん研究センターがん対策情報センター)。また欧米の乳がん事情と比較してみると、罹患数、死亡数ともに欧米の方が日本より約1・5倍多くなっています。

 ただ、日本人女性の乳がん死亡数は年々増加していますが、欧米では1990年ごろを境に減少傾向にあります。この理由は、欧米ではマンモグラフィーを導入した乳がん検診が69年より開始されましたが、検診受診率が高く(受診率約80%)、多くの早期乳がんが発見された結果と考えられています。日本でのマンモグラフィー検診の導入は2000年と欧米に比して遅く、さらに受診率も20~30%と低いので、死亡率が減少してくるのはまだ先のことと考えられます。

 罹患年齢は欧米では閉経後の60歳以上で、特に70歳代、80歳代の高齢者に多いのが特徴で、日本の年齢分布と大きく異なっています。この大きな理由は肥満で、欧米では閉経後になるとライフスタイル(食生活、環境要因など)の影響でBMI(body mass index)が高い女性が多くなり、女性ホルモン(エストロゲン)の分泌が多いため乳がんになりやすいと考えられています。

乳がんの予防 

 これまで欧米諸国を中心に乳がんと食物・栄養・身体活動の関連について多くの研究が報告されていますが、その中から因果関係が確実あるいはほぼ確実といわれている因子を取り上げて説明します。

 アルコール飲料の摂取は乳がんの発症リスクを増加させるのは確実で、摂取量が多いほど増加します。ただ、どれくらい飲んだら乳がんになりやすいかという目安は個人差があり、明らかではありません。

 喫煙により発症リスクが増加することはほぼ確実で、喫煙期間および喫煙本数が多いほど増加します。また肺がんと同じように、受動喫煙でもリスクが増加する可能性があります。

 肥満は閉経後女性において発症リスクが増加することは確実で、1・5~2倍リスクが上がり、またBMIが高いほど発症リスクも高くなります。一方、欧米では閉経前の肥満はリスクが0・92倍と減少しますが、日本では逆に高度肥満(BMI30以上)があれば2・2倍も発症しやすいという結果が得られています。日本と欧米の女性ではホルモン環境、あるいは遺伝子変異の発現が多少異なる可能性があります。なお糖尿病の既往も発症リスクを増加させますので注意が必要です。

 初経年齢、閉経年齢では早い初潮、遅い閉経年齢は発症リスクを増加させることは確実です。初経が1年早まるごとに5%ずつ、閉経が1年遅れるごとに3%ずつ発症リスクが上がってきます。

 出産、授乳では出産経験のない女性は、ある女性と比較して発症リスクが高く、また初産年齢が低い女性ほどリスクが減少し、初産年齢が高い女性は発症リスクが増加することは確実です。特に出産経験のない女性はある女性に比べて2・2倍リスクが上がります。授乳については授乳経験のある女性は、ない女性より発症リスクは低く、さらに授乳期間が長いほどリスクは減少します。

 運動では閉経後の女性においてのみ発症リスクを減少させます。週に1時間ぐらいの軽いジョギングでもリスクを10%下げ、さらに運動量が多い女性ほどリスクが下がるといわれています。

 ホルモン補充療法は、女性ホルモンの減少によるいわゆる更年期症状に対して行いますが、エストロゲン+黄体ホルモン併用では長期投与によって発症リスクが増加することは確実です。ただ、5年未満のエストロゲン単独療法ではリスクは上がらないといわれています。他にも生下時体重が3・5キロ以上、あるいは成人期の高身長は発症リスクが増加します。

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 以上、乳がん発症と因果関係のみられるリスク因子をいくつか取り上げましたが、ほとんどは欧米諸国の研究データが中心で、日本のデータは数少ないです。その中で日本人のデータがある項目について表に示していますが、確実にリスクが上がるのは閉経後の肥満だけで、喫煙、閉経前の肥満はリスクが上がり、運動、授乳、化学構造がエストロゲンに似ていて注目を集める大豆イソフラボンなどはリスクを低下させる可能性があります。これらの多くの因子は個人の努力で行えることなので、頑張って予防にも力を入れていただきたいと思います。

 どいはら・ひろよし 岡山操山高、岡山大医学部卒。岡山市民病院、国立病院四国がんセンターを経て岡山大第二外科(現呼吸器・乳腺内分泌外科)。医学博士。日本外科学会専門医・指導医、日本乳癌学会専門医・指導医、がん治療認定医、甲状腺・内分泌外科専門医。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2015年12月07日 更新)

タグ: がん女性お産岡山大学病院

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