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(19)肺がんの化学療法 岡山ろうさい病院腫瘍内科 藤本伸一部長

治療計画をスタッフと話し合う藤本部長

正常な肺(右)と胸膜中皮腫の肺(左)。胸膜中皮腫の肺は全体が腫瘍(白い部分)に覆われ締め付けられている

抗がん剤をセットする藤本部長。患者の症状に応じて薬剤と分量を調整する

 「私が治療する患者さんは厳しい立場にある方が多い」

 あらゆるがんの中で死亡率が最も高い肺がんは自覚症状に乏しく、発見時には既に進行していることが多い。手術できるのは全体の4割ほど。藤本が診るのは、残り6割を占める手術では腫瘍の除去が困難な症例だ。藤本のもとを訪れる新規患者は年間30~40人に上る。

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 肺がんは、肺の中心である肺門部に発生する小細胞がん、肺の末梢部である肺野部に発生する非小細胞がんと大きく2タイプあり、前者が全体の2割、後者が8割を占める。小細胞がんは喫煙との関係が深く悪性度が高い。非小細胞がんはさらに、非喫煙の女性にも多い腺がん、喫煙者に多い扁平上皮がん、大細胞がんの3種類に分類される。

 このうち、小細胞がんは化学療法が特に有効とされる。非小細胞がんの化学療法は腫瘍を小さくする目的で術前に行ったり、術後の補助療法として行うことがある。

 化学療法は、一日に3~4時間、抗がん剤を点滴で投与し、3週間ほど間隔を空けながら再投与を4回ほど繰り返すのが一般的な流れ。副作用の程度を見極めるため、最初は2週間ほど入院し、2回目以降は外来で治療をする。十分な効果が得られなければ、薬剤を変える。

 一部の腺がんには、がん細胞の増殖に関係する分子を狙い撃ちする飲み薬の分子標的薬が効果がある。

 とはいえ、化学療法には、吐き気や食欲不振、下痢や便秘、白血球や赤血球、血小板の減少による発熱や貧血、感染症、肝機能や腎機能の低下などの副作用がつきまとう。程度には個人差が大きい。患者は心臓や腎臓などに疾患を抱えた高齢者が多く、対応を誤れば副作用で命を縮めることもある。

 「教科書通りの治療で完治するのはごくわずか。抗がん剤の種類と使用する分量など個々に応じた治療方針を立てている」と、経験に裏打ちされたさじ加減の重要性を強調する。副作用や痛みを和らげるためモルヒネなどの薬剤を投与することもある。

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 「肺がん治療は課題が山積している」。臨床の傍ら、藤本が力を注ぐのはアスベスト(石綿)の吸引が原因で起こる中皮腫の研究だ。

 中皮腫は30~40年の潜伏期間があり、胸の痛みや激しいせきなどの自覚症状が出たときには既に進行している。発症のメカニズム、診断・治療方法は十分には確立されていない。

 藤本は、この分野の第一人者で副院長を務める岸本卓巳の指揮の下、2003~08年の中皮腫症例について、全国の病院から診療記録や病理標本を取り寄せ、アスベストとの因果関係を調査。アスベストが影響していた症例が76%、中皮腫ではないのに中皮腫だと診断された例が17%あったことや、中皮腫では胸水のヒアルロン酸値が高くなることを突き止めた。

 岡山ろうさい病院は岡山県で唯一、新しい抗がん剤の治験に参加し一定の効果があることを実証。07年の医療保険適用に道を開いた。

 中皮腫は悪性度が極めて高く、抗がん剤が効いたとしても発症後1年程度しか存命できないという。免疫療法の一つである免疫チェックポイント阻害薬の有効性が米国で発表されており、国内でも実用化に向けた研究が急がれている。

 「岡山大病院などとも連携し、この新しい薬剤の効果を調べるなどして有効な治療法を確立させたい」と話す。

 肺がんは化学療法で完治するのは約1割にすぎない。厳しい現実と向き合いながら、患者にいかに治療に向き合ってもらえるか、十分な治療効果が得られなかった場合は余命をいかに充実させてもらえるかということに心を砕く。

 暇ができれば読書にいそしむ。自身の内面を深めるためだ。「どこまで効果があるかは分かりませんが、どんな患者さんともごく普通に心が通い合うようになりたいと思っています」

  (敬称略)

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 岡山ろうさい病院(岡山市南区築港緑町1の10の25、086―262―0131)

 ふじもと・のぶかず 津山高、岡山大医学部卒。同大第2内科入局後、同大病院、国立病院機構四国がんセンター(松山市)、埼玉県立がんセンターなどを経て、2006年から岡山ろうさい病院に勤務。13年から腫瘍内科部長。勤労者呼吸器病センター副センター長、アスベスト疾患ブロックセンター副センター長を併任する。総合内科専門医、呼吸器専門医、気管支鏡専門医・評議員、がん薬物療法専門医など。医学博士。岡山大医学部臨床准教授。47歳。

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主な抗がん剤と分子標的薬

 肺がんのうち、化学療法の対象となるのは、小細胞がん全般、がんが浸潤したり転移した非小細胞がんのIII、IV期。非小細胞がんのIII期と小細胞がんが他に広がっていない場合は放射線療法を併用、他の部位に広がった小細胞がんと非小細胞がんのIV期は化学療法だけを行う。

 抗がん剤は、シスプラチン(商品名ブリプラチンなど)とカルボプラチン(同パラプラチン)のいずれかと、ペメトレキセド(同アリムタ)、ドセタキセル(同タキソテール)、パクリタキセル(同タキソール)のいずれかを組み合わせるのが一般的。

 腺がんには、シスプラチンとペメトレキセドの組み合わせが比較的有効とされている。ペメトレキセドは扁平上皮がんには使わない。中皮腫は、シスプラチンとペメトレキセドの併用だけが保険適用の対象となる。

 国内で承認されている肺がんの分子標的薬はベバシズマブ(同アバスチン)、ゲフィチニブ(同イレッサ)、エルロチニブ(同タルセバ)、アファチニブ(同ジオトリフ)。ゲフィチニブとエルロチニブ、アファチニブは、腺がんの中でもがん細胞の表面にあるタンパク質(EGFR)に特有の遺伝子変異がある場合によく効くことが分かっている。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2015年12月21日 更新)

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