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認知症と自動車運転 倉敷平成病院 認知症疾患医療センター長・神経内科部長 涌谷陽介

涌谷陽介認知症疾患医療センター長・神経内科部長

 最近、50歳を前にしてついに私にも「老眼」の波が押し寄せてまいりました(涙)。もともと近眼ですし、電子カルテやスマホを見ていてもなんとなく「目がショボショボ」したりします。だからでしょうか、雨の日の暗い道の運転など、なんとなく「怖いなあ」という感覚が以前より強くなって、五感を研ぎ澄ませるような運転になることがあります。家に着くと結構グッタリ、ゲッソリ…。

 「五感を研ぎ澄ませる」というのは、言い方を変えれば自分に備わった「認知機能」をフル稼働して頑張っているということです。そりゃ疲れます。

 視力・視野の低下が自動車運転にとって重大な影響を及ぼすのはすぐに分かりますよね。でも、私たちに備わったどんな「認知機能」が自動車運転にとって大切なのか、なかなか分かりにくいと思います。

 私自身が自動車運転にとって一番大切だと思うのは、「現在の自分自身の能力を見極める力」です。自分の能力を客観的に捉え、何が自分の弱点になってきたかをあらかじめ理解して、安全に配慮した行動に移せる力といえばいいでしょうか。端的に言えば運転における自己評価です。

 運転をなかなかやめようとされない認知症の方は、この力が衰えている場合も多いように思えます。そんな時によく出てくる表現としては、「もう30年以上(50年という方もいらっしゃる)無事故無違反なのでまだまだ大丈夫」「ゴールド免許だから大丈夫」「運転に困るほど老化はしていない」といった言葉です。

 初期の場合、認知症があるからといって、すぐに自動車運転に支障をきたすかというと、もちろんそうではありません。でも、『いつ運転をやめるか』ということを、ご本人や周りの人たちで真剣に考える時期にさしかかっていることは確かです。

 そもそも自動車運転は、記憶力、注意力・集中力、意欲、視空間認知、場所の認知、危険を察知したり推論したりする能力、行動の俊敏性や正確性(察知したことを素早く正確に運転動作に反映する力)などなど、私たちに備わった認知機能が総動員される複雑な作業であることをまずよく理解しておく必要があります。どれかの機能が極端に衰えたり、組み合わさって衰えたりすれば、安全な運転はだんだんと難しくなります。運転に関連した場面の中で、認知機能の衰えを見つけるヒントやチェックシートもあるので参考にしましょう(表1)。

 最近、新聞・テレビ・雑誌・インターネットなどで「認知症と自動車運転」の話題がとっても増えています。みなさんもご存知のように、中には痛ましい交通事故に至ってしまったケースもあります。75歳以上の方は、認知機能の状態を評価する講習予備検査を受けることが義務付けられています。また、医師は、何らかの認知症と診断された方が運転を続けていることを知った場合、患者さんやご家族と運転のことを話し合い、中止や免許の返納に関して説明することが求められます。また、任意ではあるものの、認知症の方の運転が危険と判断した場合は、公安当局に診断の届け出を行うこともあります。

 実際に認知症の方を診察している場面で、ご本人からお聞きするコメントをもう少し紹介すると、「免許がなくなると畑に行けなくなります」「買い物に行けなくなってしまい困ります」「病院に行けなくなります」「自分が運転できなくなると家族が困ります」「バスやタクシーは不便だし、お金がかかる」「楽しみがなくなってしまいます」「趣味や友人との付き合いがなくなります」「運転は生きがいの一つです」などです。たとえ認知症が運転に支障のある程度になっても、運転中止にあたってはこのような切実な思いを斟酌(しんしゃく)しながら対応しなければなりません。

 代替の交通手段を考えてなじみの環境・関係を維持したり、新しい楽しみや生きがいを見つけたりすることも大切です。

 物事『引き際が肝心』ということがありますよね。自動車運転の基本は自分自身の「利便性」に固執するのではなく、自分や他者を含めた「命を守る」姿勢が何より大切です。自分自身の認知機能や運動機能が衰えてきた時に「私の運転で自分や人の『命』を守ることができるだろうか」と問いかけてみてください。

 私は、今のところ「75歳になったら運転を止(や)めよう」と心に決めていますが、果たしてどうなるものか。みなさんはいかがですか?

 認知症の自動車運転や運転中止、免許の自主返納に関する情報の一部を一覧表にしていますので、ぜひ参考にしてください。

わくたに・ようすけ 米子東高、鳥取大医学部・大学院卒。鳥取大、松江赤十字病院などを経て2005年カナダ・トロント大神経変性疾患研究センター留学。12年倉敷平成病院神経内科部長、13年4月から認知症疾患医療センター長。医学博士。日本神経学会専門医・指導医。内科学会認定医。認知症学会専門医・指導医など。



 倉敷平成病院(086―427―1111)

■ 参考ウェブサイト ■
(それぞれ情報が読めたり、詳細な情報PDF文書がダウンロードできたりします)

警察庁「講習予備検査(認知機能)について」

警察庁運転免許課「運転免許の取消しを申請しやすい環境の整備について」▽「認知機能検査の結果等に基づく臨時適性検査等の運用上の留意事項について」▽「主治医の診断書の様式について」▽「一定の病気等に係る運転免許関係事務に関する運用上の留意事項について」 

国立長寿医療研究センター長寿政策科学研究部「認知症高齢者の自動車運転を考える家族介護者のための支援マニュアル」

岡山県警「運転免許の自主返納(取消し)申請について」

岡山県警「おかやま愛カード」

日本老年医学会「運転免許証に係る認知症の診断の届出ガイドライン」
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2016年01月18日 更新)

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