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(5)乳がんの薬物療法 岡山大学病院 乳腺・内分泌外科助教 枝園忠彦

枝園忠彦助教

 「がん」の治療は腫瘍を切除する手術だけでなく、薬物や放射線を組み合わせて行う集学的治療が効果的であることは、どの臓器においても確認されています。中でも乳がんは治療に使用できる薬剤が最も多いといってよいでしょう。今回は乳がんに対する薬物療法の「目的」と「種類」に分けて解説します。

 (1)乳がんになるとなぜ薬物療法をするのか?(表1)

 がん細胞は発生してから徐々に増殖(進行)し、周りの組織へ直接広がり(浸潤)、また血液やリンパの流れに入ることで全身に広がっていきます(遠隔転移)。手術や放射線は治療を行った部位(局所)のみには有効ですが、血流やリンパ流の中に潜んでいる細胞(微小転移)までは治療できません。さらに、遠隔転移がある場合は既に全身にがん細胞が広がっている状態とされています。

 ▽目的1 乳がんの治癒(再発・転移を防ぐ術後補助薬物療法)

 手術によりきれいに腫瘍が切除されたら完治かというと、そうとはいえません。検査では検出できない微小転移が血液やリンパの流れの中に存在し、術後数年の間に増殖して肺や骨、肝臓などに遠隔転移として発見されるからです。術後転移を防ぐためには薬剤を投与して微小転移を治療する必要があります。

 ▽目的2 腫瘍を極力小さくして切除範囲を小さくする(術前薬物療法)

 乳がんの診断時に明らかにリンパ節に転移があったり腫瘍が大きい場合、(1)腫瘍を小さくして切除範囲を小さくする(2)抗がん剤の効果を確認する(微小転移は見えないが、切除していない乳腺の腫瘍に対する効果は確認できる)―という理由から術前薬物療法が提案されることがあります。

 ▽目的3 がんによる症状の緩和と延命

 遠隔転移が見つかった場合、治癒するのは困難です。ただ、薬剤によりがん細胞の量が減ればその分、骨転移の痛みや肺転移の息苦しさなど乳がんによる症状を和らげる(症状緩和)ことができ、さらにがん細胞の増殖を抑えることで、その分命を長らえる(延命)ことができます。遠隔転移に対する治療は薬物療法が主で、基本的には効果がある限り継続投与します。

 補助薬物療法は「治癒」を目的としているので、副作用がきつくても限られた期間決められた薬剤を頑張って最後までやりとげることが推奨されます。それに対して遠隔転移の治療の場合、症状を緩和し、生活の質を一日も長く保てるようにすることが目標であり、薬剤の種類や投与量は患者さんの状態に合わせて変更されることもあります。

 (2)乳がんに対して効果のある薬剤

 乳がんに効果があることが明確に証明されている薬剤には以下の三つがあります。どの薬剤が効きやすいかは手術や針生検による組織検査から分かります。近年はそれらの性質により乳がんを四つのタイプに分けて区別することが多くなりました(表2)。薬剤の効果だけでなく、再発しやすさや再発時期、転移してからの生存期間もタイプによって違ってきます。

 A 内分泌療法(ホルモン療法)

 組織検査でエストロゲンレセプター(ER)が陽性であった場合効果があります。体内の女性ホルモンであるエストロゲンの刺激によって増殖するタイプの乳がんです。エストロゲンの刺激をブロックする抗エストロゲン剤やエストロゲンの体内の量自体を減らすアロマターゼ阻害剤が内分泌療法剤です。副作用として更年期障害のようなほてりや関節痛などがあります。

 B 分子標的療法(抗体療法)

 細胞表面にHER2(ハーツー)という部位をもち、そこからの刺激で増殖するがん細胞です。この薬剤はそのHER2に作用し、増殖を邪魔します。従来このタイプのがんは悪性度が高いがんと言われていましたが、近年分子標的薬剤がたくさん開発され、いずれも非常に高い効果が得られています。副作用は抗がん剤に比べて非常に少なく、脱毛もないが心臓の機能が低下することがあるのでそこだけは注意が必要です。

 C 抗がん剤

 多くの臨床試験により効果が確認されている抗がん剤にアンスラサイクリンとタキサンがあります。術後薬物療法として使用されるのはその2種類です。効果を予測する因子として近年、Ki67というがん細胞の細胞分裂の程度を示す因子が利用されます。Ki67が高い場合は抗がん剤の効果も高いです。転移の治療ではさまざまな抗がん剤が使用できます。副作用もそれぞれ異なっており、脱毛のない薬剤もあります。通常いずれも入院は必要なく外来での治療継続が可能です。

 (3)乳がんに対して薬物療法を行うかどうかどうやって決めるのか?(図1)

 術後補助療法の場合、「どの程度再発・転移する可能性があるか?」また転移の治療の場合、「どの程度の生存期間が望めるか?」ということは治療を決定するのに非常に重要な情報です(リスク)。さらに「薬剤の費用や副作用の頻度・種類」も重要です(ハーム)。そして、その薬剤を行うことで「どの程度再発を減らすことができるか?」また「どの程度生存期間が延長できるか?」という利点(ベネフィット)が判断の基準となります。自分のリスクを把握した上でハームとベネフィットを天秤(てんびん)にかけ、薬物療法を行うかどうか、またどの薬剤にするかを選択します。


 しえん・ただひこ 丸亀高、香川医科大卒。三豊総合病院、国立がん研究センター中央病院を経て2008年から岡山大病院勤務。医学博士。日本外科学会指導医・日本乳癌学会指導医・がん治療認定医。JCOG乳がんグループ事務局。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2016年03月07日 更新)

タグ: がん女性岡山大学病院

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