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(20)救急治療 岡山済生会総合病院救急センター 藤原俊文センター長

救急搬送された患者に初期治療をする藤原センター長

救急患者が搬送されるまでの間に検査や治療に必要な機器を準備する藤原センター長

 「ピッ、ピッ、ピッ」。心電図モニター音が響く。岡山済生会総合病院の救急センター。受け入れる患者は年間2万人以上。うち救急搬送は約4千人。軽症者から、命に別状こそないが手術と入院が必要な患者、心不全や急性心筋梗塞、消化管出血、脳卒中、敗血症などの重篤な患者まで、傷病はさまざまだ。

 「心臓のことしか分からない、脳の治療しかできないといった言い訳は救急医には通用しない」

 臓器別、疾患部位別に医療の専門分化が進む中、救急医には、あらゆる症例に対して的確なトリアージ(治療の優先順位付け)と初期治療をし、必要に応じて専門医への橋渡しをするジェネラリストとしての能力が求められる。「救急は医の原点」といわれるゆえんだ。

 救急医の使命であるトリアージと初期治療はまさに分刻みだ。

 救急隊から電話で患者の搬入要請があった時から診療は始まる。隊員から容体を聞き取り、患者が到着するまでに医療機器の準備とスタッフの手配を整えておく。救急専用入り口から初療室へ搬送する間、ストレッチャーに横たわる患者に声を掛け、手首の脈に触れ、意識レベル、呼吸の状態を観察する。

 初療室では、血圧、体温、呼吸数、脈拍数といったバイタルサイン(生命兆候)を速やかに確認。異常があれば直ちに気道確保、人工呼吸、胸骨圧迫といった一次蘇生を開始する。さらに、頭から足先まで全身を観察し、外傷の有無などを確認する。

 救急患者は予期せぬ事態に遭って自分自身が置かれた状況を理解できず、一般外来のように詳細な病歴を聞き出すことは困難なことが多い。いたずらに病歴の聴取に時間を掛けずに、蘇生と診察を行うのが鉄則だ。

 重篤な疾病が疑われる場合、確定診断に必要な検査と容体の安定化に向けた治療をする。脳卒中ならCTやMRIでくも膜下出血か脳出血か脳梗塞かを診断。脳梗塞の場合は可能な限り血栓を溶かし血流を再開させる血栓溶解療法を行う。くも膜下出血や脳出血なら速やかに脳神経外科へつなぐ。急性心筋梗塞や心不全では、冠動脈血管形成術の前処置や非侵襲的人工呼吸による治療を開始する。急性大動脈解離はまず降圧剤と鎮痛剤を投与し解離や破裂の進行を防ぐ。続いてCTで病型や合併症を診断し、緊急手術が必要な症例は心臓血管外科へ紹介する。

 心肺蘇生に成功した人には、予後の改善を目的に一定期間、体温を33~34度に保つ脳低温療法が選択肢の一つとなる。

 薬物中毒や自傷行為での緊急搬送も多く、社会復帰と自殺予防を目的に精神科との連携も図っている。

 「救急医はいろんな病気に対する最善、最新の治療法を知っておかねばならない」

 倉敷市出身の藤原は自治医科大卒業後、新見市や備前市・日生諸島の病院・診療所などに約10年勤務。その後、同大付属大宮医療センター(現さいたま医療センター)で内科全般の診療に従事。卒後臨床研修が義務化され救急が必須項目となるのを機に、救急医療に専念した。埼玉県は人口当たりの医師数が全国で最も少ない地域。年間5千件を超える救急搬送に対応するとともに、研修医の指導にも尽くした。

 「へき地医療に携わった経験を含め、さまざまな症例を診てきたことが救急の現場で役立っている」と振り返る。

 高齢化により、慢性疾患を抱えている人も多く、合併症の予防には細心の注意を払う。近年は、認知症を患い意思疎通が困難な人も増えており、救急医はますます臨機応変に対処しなければならないようになっている。

 「迅速、的確な診療はもちろん、予後が少しでも良くなるように患者ごとに治療方針を立てなくてはいけない。そこが難しいところであり、やりがいでもある」

 (敬称略)



 岡山済生会総合病院(岡山市北区伊福町1の17の18、086―252―2211)

 ふじわら・としふみ 倉敷天城高、自治医科大卒。岡山赤十字病院、市立備前病院、新見市国保湯川診療所などを経て、1990年、自治医科大付属大宮医療センター(現・さいたま医療センター)に勤務。総合医学第1学内教授などを歴任した。2014年4月から岡山済生会総合病院に勤務し、特任副院長も務める。総合内科、循環器、消化器病、救急科の各専門医など。60歳。



救急の歴史

 国内で“救急ニーズ”が高まったのは、1960年代後半から70年代初めにかけて、全国の交通事故死者が年間1万人を超え交通戦争と言われたころ。頭部外傷は脳外科、骨折は整形外科などと各専門科がそれぞれの領域の診療をしていたが、多発外傷の場合は受け入れ先が限定され、患者のたらい回しが頻発し社会問題となった。

 激増する死傷者の救急搬送受け入れのために70~80年代にかけ、救急告知病院や救命救急センターが整備された。その後、交通事故や労災事故の外傷は減り、代わりに高齢者の循環器疾患や脳血管障害が増えている。

 国は救急業務の円滑化を図るため、軽症患者が対象の1次救急、手術や入院が必要な患者が対象の2次救急、重篤患者を診る3次救急に分け、都道府県がそれぞれ医療機関を指定。岡山済生会総合病院は2次救急病院に指定されている。

 全国的には、1次救急病院で対応するべき軽症患者が2次、3次救急病院に来るケースの増加や、不採算を理由に2次救急から撤退する施設が増え、3次救急病院にしわ寄せが及ぶといった問題が起きている。また、救急科は、産科や小児科などと同様になり手が少なく、医師の確保が課題となっている。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2016年03月21日 更新)

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