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(21)手外科 倉敷中央病院整形外科 松本泰一部長

四肢専用MRIの説明をする松本部長。レントゲンで発見しにくい骨折が見つかるなど、手外科治療で大きな役目を担っている

リハビリに立ち会い、患者の手の具合をチェックする松本部長

 人間の手は、体の中でも非常に繊細な感覚と構造を持つ器官だ。微細な血管や神経、関節など重要組織が組み合わさり、細やかな動きを支えている。けがや疾患などで手の機能に障害が起きた時、診断や治療にはより専門性が高い技術が必要となる。それを担うのが「手外科」だ。

 診療対象の部位は肘から指先までが中心だが、診療内容は多岐にわたる。骨折や捻挫などのけがやそれに伴う痛みやしびれ、指や腕が動きにくくなる運動障害など急性期の症状はもちろん、けががある程度回復したにもかかわらず続く痛みやしびれなど慢性期の症状も扱う。切断した指の再接着や欠損した指の再建、手指や腕の先天的な奇形に対し見た目や機能を回復させる手術など、高度な技術が要求される手術も行う。リウマチなどの疾患に伴い変形した手指や肘の診療にもあたる。

 主に整形外科や形成外科の医師が担当することが多い手外科。高度な知識と技術を有する専門医は、どの病院にもいるわけではない。専門医を必要としていた倉敷中央病院の要請を受け、松本は2005年に赴任。以来、手外科分野だけで年間約270件以上の手術を手掛けてきた。

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 手外科の診断はまず、問診と触診から始まる。どういう状況でけがをしたか、日常生活で困る症状は何かなど、丁寧に聞き取った上で、レントゲンやCTなどの検査機器で状態を調べる。

 同病院では14年に「四肢専用MRI」を導入。手や腕など撮影部位をドーナツ状の機器に入れてベッドに横になるだけで、1カ所当たり30~40分で撮影できる。通常のMRIのようにドーム状の機器に体全体が覆われないので圧迫感がなく、撮影部位以外は体が動いても撮影できるので、患者の負担が少ない。15年は千件以上の撮影を行った。

 四肢MRIが特に効果を発揮するのは、通常のレントゲン検査では見つけにくい骨折などの疾患。手関節にある舟状骨が骨折したまま放置され、関節のように動く状態になっている「偽関節」、手首の小指側関節に痛みが出る「TFCC」、手首の月状骨がつぶれて痛みがでる「キーンベック病」などで、痛みなどの原因を特定することにつながっている。

 治療は主に手術。その際に必要なのが、微小外科といわれるマイクロサージャリーという技術。顕微鏡や拡大鏡を使いながら手術を行う。手指の再建術や先天性奇形の治療では、微細な神経や血管を縫合したり、足や腰など別の部位から血管や骨を移植する。足指の骨や爪などを手に移植することで、見た目にも違和感が少ない状態に再建することもある。足指を失うが、歩行には支障がない。一方で手の機能を取り戻せる意義は大きい。

 手外科分野で最も難しいのは、手技よりも「治療のゴールをどこに設定するか」だと、松本は強調する。欠損した手指を再建し、物をつかむ機能だけでも取り戻したいという患者もいれば、とにかく見た目の回復を最優先する患者もいる。先天性奇形がある子どもの治療では、見た目も機能もより“正常”に近い状態を望む保護者は多い。

 「完全に正常な手を取り戻すのは難しいが、機能的にも見た目にも、患者が納得できる治療法を探っていかねば」。患者自身の気持ちに加え、治療後の生活や仕事内容などを十分聞き取り、治療方針を決めることを心掛ける。患部が回復するとともに「もっと指や腕が曲がるようにしたい」と希望する患者は多く、その時は“ゴール”を再設定し追加手術を行うこともある。

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 松本が手外科の道に進んだのは偶然の出会いの結果だ。大学卒業後に選択したのは整形外科。中学高校は陸上競技、大学ではスキーとスポーツ経験があり、整形外科は一番なじみがある診療科だった。「腹部の外科は内視鏡に注目が集まっており、やりたいことと違った。脳外科や心臓外科といえばエリート。自分のキャラには整形外科が一番合っていたかな」と笑う。

 京都大病院整形外科に入局し、たまたま手外科の権威からみっちりと指導を受けたことで、自然とこの道へ。その後も赴任する先々の病院で手外科を専門とする医師から指導を受けることが続き、その面白さにのめり込んだという。最終的には京都大整形外科で手外科の専門技術について3年間学んだ。

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 「手外科の治療は、手術とリハビリが両輪。両方がうまくいって初めて成功といえる」。倉敷中央病院整形外科には専属の作業療法士(ハンドセラピスト)7人がおり、手術後にこわばっている患部をゆっくりと動かし、徐々に可動域を広げていく。

 毎週金曜日は松本も立ち会い、作業療法士とともに患部の状態やリハビリの度合いなどをチェック。「術後の状態もいいね。この調子でリハビリを続けて」などと優しく声を掛けたり、患者から抜糸時期やリハビリの進め方などの質問を受けて丁寧に答える。松本の朗らかな雰囲気で、患者たちの表情も明るい。

 リハビリの期間は最低でも3カ月くらいから、手指の再建など大手術を受けた場合は少なくとも1~2年かかる。手術が終わってからが治療の本番ともいえる。

 「四肢再建や先天性奇形などの治療は難しく、患者も医師も根気がいる。手外科専門医として、総合病院の医師として他病院では難しい治療に積極的に取り組んでいきたい」と力を込める。

(敬称略)



 倉敷中央病院(倉敷市美和1の1の1、(電)086―422―0210)

 まつもと・たいいち 兵庫県・六甲学院高、愛媛大医学部卒。京都大病院、倉敷中央病院、大手前整肢学園、公立豊岡病院、京都大整形外科を経て、2005年より倉敷中央病院勤務。10年に米コロンビア大(手外科/マイクロサージャリー=微小外科)留学。米大リーグ・ヤンキースで活躍した松井秀喜氏が手首を骨折した際の執刀医として知られる、ローゼンワッサー医師に師事した。日本整形外科学会専門医、日本手外科学会手外科専門医。50歳。



 舟状骨骨折後の偽関節 5年以上続くと特殊手術が必要

 舟状骨は手関節にある手根骨の一つで、親指側にある。スポーツや事故などで手首を強くつくことで骨折が起きやすい。直後は腫れたり痛みが出るが、場合によっては我慢できる程度の痛みだったり、徐々に痛みが薄れてくるため「ただの捻挫」と放置されることも。レントゲンで発見しにくいことも治療が遅れる要因となっている。骨がつかないまま放置していると「偽関節」という状態になりやすい。

 再度手首を強くついたりすることで、痛みが再発したり、手首が動きにくくなって初めて、骨折や偽関節に気付く事例が多い。

 骨折直後ならば、ネジで固定する単純な手術で治療可能。だが偽関節となって時間が経過すると、骨自体が変形したり、周辺の骨が壊死(えし)していることもある。この状態が5年以上続くと、偽関節となった部分を取り除き、手首付近の骨を血管ごと移植する特殊な手術が必要となる。

 さらに最初の骨折から何十年もたって発見されることもある。その場合、関節軟骨がすり減って変形し、痛みが生じる変形性手関節症という別の疾患となっていることも。舟状骨を取り除いて周囲の骨をくっつける処置を行うことが必要となる。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2016年04月04日 更新)

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