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(3)顕微授精、イクシ法 倉敷成人病センター 体外受精センター長 本山洋明

本山洋明体外受精センター長

 顕微授精は精子数が極めて少ない、精子の運動性が低い、あるいは精巣から手術で精子を採取(TESE)した時など、通常の体外受精では受精できない場合のARTとして開発されました。現在世界で行われている顕微授精は卵細胞質内精子注入法(ICSI=イクシ法)です。

 イクシ法は顕微鏡下で微細なガラス針(マイクロピペット)に精子1個を吸い、卵子細胞質内に刺入する方法です。イクシ法以前には、透明帯(卵子を包む糖蛋白(たんぱく)の膜)に穴を開ける透明帯開孔法(PZD)、卵子と透明帯との隙間に針を刺入して5個前後の精子を注入する囲卵腔(くう)内精子注入法(SUZI)など、精子の透明帯通過を補助する顕微授精が行われました。しかし受精できない場合が多く、当院でもSUZIの出産率14%(129例中18例)と低率でした。

 1992年にベルギーでイクシ法に成功し、その有効性により世界に普及しました。当院では94年の精子不動症での1例目から現在までに新鮮胚1021人、凍結胚255人の出産を得ています。日本産婦人科学会集計(2013年)では全国で新鮮胚と凍結胚の合計で2万人以上がイクシ法により誕生しています。

▽手技

 卵子の直径は0・1mm、精子頭部の厚さは0・005mmです。倒立顕微鏡で200倍に拡大し、微細に注入針を動かせるマイクロマニピュレーターを用います。

 注入針はガラスピペットで精子1個がやっと通れる太さです。注入する精子は頭部に空胞が無く、形が正常なものを選びます。

 注入前に尾部を注入針で圧挫し、精子細胞膜の一部に穴を開けます。これは不動化という重要な操作です。自然や体外受精では受精準備が完成した精子が卵子に入りますが、イクシ法では準備が全くできていない精子を注入するので、受精するには穴から精子因子という卵子を活性化させる成分が放出される必要があります。不動化精子を尾部から注入針に吸い、透明帯を通過させて針の先端に精子を移動し、卵子に刺入して中央線より奥に押し出して針を抜きます。不動化から注入まで75秒ほどです。

 これらの操作には高度の技術が必要ですが、7%ほどの卵子が破損します。当院では最近ピエゾ圧電素子(いわば顕微高周波振動ドリル)を使ってイクシ法を行っています。不動化や精子注入操作が手動よりも簡単で確実に行え、卵子の破損率が3%に減少し、受精率が80%に向上しています。

▽成績

 世界的にイクシ法の妊娠率は体外受精よりやや低く、その原因は研究が進展中です。射出精子の場合、精子数による受精率、出産率には差がありません。当院での受精率は体外受精と同じく約65%で年齢による差はありません。精巣精子(TESE)ではごく少数の凍結精子しか得られず、精子注入後に卵子の活性化処理(細胞内カルシウム濃度上昇)を必要とすることも多く、受精率53%、出産率27%(40歳未満)と射出精子より低くなります。

 グラフは、当院2011~15年の体外受精採卵1055回とイクシ法採卵725回とを比較したものです。各年齢群において採卵あたりの出産率は35歳未満で体外受精73%に対しイクシ法54%、35~39歳で同40%対28%、40歳以上では同13%対7%であり、イクシ法の方が体外受精よりも低い出産率でした。

 それに対して流産率は各年齢群ともに体外受精とイクシ法に差はありませんでした。つまり、イクシ法での妊娠成立は体外受精より低いのですが、妊娠できた後は体外受精と同様に発育し、出産できると考えられます。なお、両群とも出産率は加齢とともに下がり、流産率は上昇します。イクシ法は生殖関連科学の知恵が集結して開発された強力なARTといえます。

◇ 倉敷成人病センター(086―422―2111)
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2016年05月16日 更新)

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