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(22)転移性脊椎腫瘍のMISt手術 川崎医科大学脊椎・災害整形外科学教室 中西一夫准教授

レントゲン画像を見ながら、慎重にネジを打ち込んでいく中西准教授

MIStの仕組みについて説明する中西准教授

がんに関わる全ての診療科と整形外科、放射線科が合同でカンファレンスを行い、患者情報を共有している

MISt手術を受けた肺がん患者のレントゲン写真。脊椎転移で溶けてつぶれた椎骨周辺に10本のネジを打ち、椎骨を安定させている

 がんが進行すると、1割程度の割合で骨転移が起きる。その時点でがんの進行度はステージIVとなり、完治は非常に難しい。脊椎に転移した場合、転移腫瘍周辺の骨が溶けて骨折したり、骨がつぶれて神経を圧迫するなどの骨関連事象が起こることがあり、脊椎の状態が不安定になる。余命が限られる中、痛みで動けなくなったり、突然まひを起こして歩けなくなるなど、生活の質に関わる重篤な症状が表れる。

 多くの病院では、症状が出てから脊椎疾患を専門とする整形外科医が緊急手術で対応しているが、実際にはこの段階では既に遅く、まひや痛みが残るなど治療成績は良くない。原発がんで体が弱っていれば負担が大きい手術は行うことすらできないこともある。

 脊椎転移をより早く発見し、負担が少ない手術で重篤な症状が出るのを防ぐ―。これを実現するため、中西は川崎医科大・同付属病院に赴任した2012年、がんに関わる全ての診療科が脊椎転移患者の情報を共有し、連携して治療に当たる「リエゾン(連携)治療」を独自に考案。これと、背中を大きく切開することなく脊椎を安定させる低侵襲の手術法・MISt(最小侵襲脊椎安定術)を組み合わせることで、大きな成果を上げている。

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 人により違うが脊椎は、約30個の連なった椎骨からなる。MIStは、主に背中側から脊椎に向かい指が入る程度の小さな穴(直径約1・8センチ)を切開して行う。腫瘍などで損傷を受けた椎骨周辺にある別の複数の椎骨にチタン合金製ネジをねじ込み、ネジ同士を固定して損傷脊椎を正しい位置で安定させる。米国で開発され、05年に日本に導入された。

 転移性脊椎腫瘍だけでなく、腰椎すべり症や側彎(そくわん)症、脊椎骨折などさまざまな疾患治療に用いられている。09年に脊椎疾患の権威である国内の医師5人が中心となってMISt研究会を設立し、学閥を超えて普及を図っており、現在の会員数は約600人。中西は研究会の考え方にほれ込み、初期から参加。今では西日本で普及を推し進める一人だ。

 MISt手術はほぼ全てを、レントゲン透視下で行う。専用の針を使ってまずガイドワイヤーを通し、それを伝って中心部に穴が開いたチタン合金製ネジを必要本数固定。最後にネジ同士をつなぐ固定具を装着する。

 通常の外科手術では、背中を大きく切開して、筋肉を骨からはがす必要があった。大手術で、筋肉の血流が止まるため壊死する危険も。MIStは切開部分が小さいので出血量が非常に少なく、筋肉の壊死を防ぐことができ、手術創の治りも早い。早期に抗がん剤治療や放射線治療など他の治療に移行することができる。

 ただ、MIStは患部が直接見えない状態で行うため、手術の難易度が高い。患者はがん治療や高齢によって骨が弱くなっていることもあり、ガイドワイヤーなどが骨を突き破る危険性も常に伴う。だが成功すれば、患者の生活の質を最後まで保つことにつながる。

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 MIStの効果を最大限に生かすために必要なのがリエゾン治療だ。

 がんの脊椎転移が見つかった時点で、原発がんに関わる診療科と整形外科、レントゲンやCTなど画像診断に関わる放射線科などによる医療チームで患者情報を共有。月1回は合同でカンファレンスを行い、治療方針などを検討する。患者の脊椎画像は、原発がんを治療する主治医と放射線科医師、そして整形外科の中西が必ず目を通す。これを同病院に関わる全ての脊椎転移患者に対し行っている。腫瘍の位置やタイプ、痛みの有無などから脊椎がどれほど不安定な状態になっているか評価し、危険信号をキャッチ。MIStが必要なタイミングを逃さない。

 結果的に、まひなどの重篤症状が出てから行う緊急手術が大幅に減少。患者は院内で「たらい回し」に遭うことがなくなった。

 リエゾン治療を提案した中西は「人と人をつなぎ、新しい医療チームを作るのが得意」。赴任する先々でさまざまな医療チームを立ち上げてきた。

 脊椎腫瘍患者のリエゾン治療は、がんセンターなどで導入されている多職種による合同カンファレンス「キャンサーボード」の手法を参考に、構想を練ってきた。縦割りになりがちな大学病院でこそ取り入れたいと、同病院に赴任すると同時に、リエゾン治療構想を上司に相談し、実現に至った。

 初めは乳がんや肺がんなど脊椎転移が多いがんの診療科と整形外科の連携から始め、現在ではほぼ全ての診療科が参加するまでに拡大。病院に関わる全ての脊椎転移患者を対象にしているということで、全国的にも注目されている。

 「私自身はゴッドハンドではないが、今のチームの力を結集すれば、どんな病院にも負けない」。中西は自信を持って語る。

 (敬称略)



 川崎医科大付属病院(倉敷市松島577、086―462―1111)

 なかにし・かずお 倉敷青陵高、山口大医学部卒。卒業後に岡山大整形外科入局。岡山赤十字病院、岡山労災病院、岡山大医学部付属病院整形外科などを経て、2012年に川崎医科大脊椎・災害整形外科学講師、13年から同准教授。日本整形外科学会整形外科専門医、同学会脊椎脊髄病専門医、日本脊椎脊髄病学会指導医。43歳。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2016年06月20日 更新)

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