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(28)肝がんの外科治療 天和会松田病院 松田忠和院長・理事長

松田忠和院長・理事長

 ―肝臓外科医になられて40年以上。肝がんの原因も変わってきましたね。

 松田 昔はB型・C型のウイルス肝炎から発がんする患者さんがほとんどだったが、最近は肥満や脂肪肝から進行するNASH(ナッシュ、非アルコール性脂肪肝炎)の症例が確実に増えている。残念なことに、C型肝炎は治療できたのに、一気に太ってNASHから発がんした患者さんがいます。

 ―生活指導が重要になっているということですね。

 松田 どうやって体重を減らせばいいのか、説得力のある話をしないといけない。私も太りやすいので、毎週50キロ走ることに決めています。日曜日に20キロ走り、平日は夜にランニングマシン。多くの患者さんには、速歩とゆっくり歩きを繰り返すインターバルウオーキングを勧めています。

 ―患者さんの高齢化も進んできました。

 松田 80代はもちろん、昨年は90歳以上の肝細胞がんの方を3人手術しました。91歳の男性は大きながんだったが、「自分の地域の歴史を本にしている。あと半年あれば書き上がるから治してくれ」と。肝切除手術をやって10日間で退院されました。

 ―ガイドライン通りの治療では、救われない患者さんが大勢いるんですね。

 松田 ガイドラインは年齢やADL(日常生活動作)を考慮していません。患者さんが待合室から診察室へ入ってくる瞬間を見ておかないと、どの程度元気なのか分からない。農家の方には田植えのことを尋ねて、「わしは1人でやってる」とか、世間話をするのも大事。手術をしても大丈夫かどうか、見極めに役立つんです。

 ―手術も技術的に安全になってきたのでしょうか。

 松田 うちには優秀な麻酔医がいるので、心臓や腎臓の状態が厳しい患者さんの手術も途中でストップがかかったことは一度もありません。三次元画像でどこに血管があるかはっきり分かるようになりました。止血の道具もよくなった。今年は6月上旬までに45例の肝切除をしたが、1例も輸血していません。たいてい数十ccの出血で収まっています。

 ―画像を見て、頭の中で手術計画を立てておくんですね。

 松田 ご家族に説明する前に最低2時間、手術前夜に3時間、当日の朝も1時間くらい、三次元画像を回しながら見ます。ここを動かしてこう攻めて…と、頭の中で攻略図を作るんです。これならいけるという図ができたら、手術は半分終わったようなものです。

 ―先生はラジオ波焼灼(しょうしゃく)治療やカテーテルを使う肝動脈塞栓治療も自分で施術されますね。

 松田 ラジオ波は多くの場合体外から針を刺し、開腹せずにがんをほぼ確実にやっつけられる。手術に匹敵する効果が期待できますが、超音波でも見えない位置にある腫瘍を無理してやると危ない。開腹手術中にラジオ波を併用して、メスで取り切れなかったがんを針でつぶしてしまうこともあります。それで何年も再発していない人もいます。

 がんに栄養を送る血管をふさぐ塞栓治療は、従来のリピオドール(造影剤)とゼラチン物質に加え、抗がん剤を含む微小なビーズも使えるようになりました。肝臓に余力のある人は根治を狙い、先端に小さなバルーンのついたカテーテルでリピオドールをがっちり詰める。栄養血管がたくさんあるようなケースで、がんの増大を食い止める治療をする時はビーズが適応だと思っています。

 ―血管をふさげば正常な肝細胞にもダメージを与えますから、慎重さが求められますね。

 松田 患者さんには治療前、不十分の方が安全なんだと言っておきます。治療効果があっても、周囲がごっそり壊死(えし)したのでは元も子もない。足りなかったら2、3カ月後に追加で治療させてもらいます。患者さんとのコミュニケーションが大切です。

 ―岡山大第一外科在籍時にカテーテル治療を学ばれたとか。

 松田 和歌山県立医大に通い、手技を見せてもらいました。メーカー製品がうまく血管に入らない場合、熱処理してカテーテルを曲げ、奥に送り込むというのは、その頃の経験がないとできません。外科医だから、血管がどう曲がってどんな感触なのか頭に浮かぶんです。

 ―ラジオ波やカテーテル治療は、がんが再発してもできますか。

 松田 がんが肝臓内にとどまっていれば、20回でも30回でも治療できます。たとえ肝外転移になっても治療法はあります。転移して肺を切り、急性骨髄性白血病で骨髄移植を受け、脳に転移して放射線の全脳照射を耐えた人もいます。元気になって3年たつけれど、「見てごらん、あきらめるもんじゃねえじゃろう」とおっしゃった。ファイティングスピリットですね。患者さんに教えられます。

 ―これまでに手がけた肝臓手術は何例ですか。

 松田 肝細胞がんは2千例くらいだが、外傷などいろいろありますから3千例を超えている。どんな患者さんでも、頑張ってやればなんとかなるだろう。少なくとも、今後の人生にプラスになるような治療をさせてもらう自信があります。治療方針を決定する時に患者さんの運命は決まってしまう。リスクはあるけれどやりますか? とよく相談し、結果を積み重ねてきたことが自信になるんです。

     ◇

 天和会松田病院(倉敷市鶴形1丁目3の10、086―422―3550)

 まつだ・ただかず 倉敷青陵高、岡山大医学部卒。水島第一病院勤務などを経て同学部第一外科助手を務め、1985年から松田病院に勤務、2004年に院長・理事長就任。09年に日本対がん協会岡山県支部長感謝状、松岡良明賞受賞。日本肝臓学会肝臓専門医、日本肝胆膵外科学会高度技能指導医。67歳。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2016年07月04日 更新)

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