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(8)がんと免疫 岡山赤十字病院呼吸器内科副部長 細川忍

細川忍呼吸器内科副部長 

 人間の体内は免疫システムによって常に監視されており、体内に存在する異物は排除される仕組みとなっています。微生物をはじめとした非自己の物質だけでなく、本来は自己の細胞であるがん細胞もその対象となります。

 体内では異常をきたした細胞が絶え間なく出現しています。自己の細胞は免疫細胞から攻撃を受けにくいのですが、その細胞に起こった変化を免疫システムが感知して体内から排除します。それを免れた異常細胞は徐々にその悪性度を強めながら、一方で免疫の監視から逃れる力を獲得していきます。そしてがん細胞はどんどん増殖し、体内に広がっていくのです。

 免疫監視からの逃避に重要な働きをするものが免疫チェックポイントと呼ばれる分子です。これは異常な免疫反応、過剰な免疫反応、遷延する免疫反応などが生体にとって不利に働かないように恒常性を維持するためのもので、がん細胞はこの分子を自身の生存のために有効に利用していることがわかりました。

がんに対する免疫療法

 がんに対する免疫力を強め、がんを駆逐しようとする試みが従来の免疫療法です。免疫細胞をいったん体外に取り出した上で賦活化して体内に戻す細胞移入療法や、がんに特異的な抗原をワクチンとして接種することで免疫力を高める腫瘍細胞ワクチンなどです。しかし、満足のいく効果は得られていませんでした。

 今回初めて有効性が示されたのが、先ほど挙げた免疫チェックポイント分子を阻害する薬剤です。薬によってがん細胞に対する免疫のブレーキがはずされ、免疫細胞ががん細胞を攻撃することができるようになるのです。

 日本で承認されているのは、抗PD―1抗体のニボルマブとペンブロリズマブ、抗CTLA―4抗体のイピリムマブで、現時点でニボルマブは悪性黒色腫、非小細胞肺がん、腎細胞がん、ホジキンリンパ腫、ペンブロリズマブは悪性中皮腫と非小細胞肺がん、イピリムマブは悪性黒色腫に対して使用が認められています。この新しい免疫療法は、手術療法、放射線療法、化学療法と同様に、がんの標準治療の一つとなってきています。

免疫チェックポイント、阻害剤の副作用

 免疫療法は、従来から「副作用がない」というイメージがあるかもしれませんが、決してそうではありません。報告では、全般的に副作用の頻度は抗がん剤に比べて少ないとされていますが、過剰な免疫反応によってもたらされる肺障害、大腸炎、肝炎、内分泌障害、神経障害など、今までのがん治療では経験したことのない新たな副作用に直面することとなりました。

 免疫関連有害事象が起こった時には、ステロイドホルモンなど免疫抑制を必要とすることもあるのです。副作用の早期発見と、速やかで適切な治療のために、治療を受ける患者さんにもよく知っておいてもらう必要があり、医療者側もがん治療の専門家のみならず、多くの専門科、多くの職種で対応する必要性がさらに高まってきています。

免疫療法の今後

 有望な治療である一方で、新たな種の副作用のリスクにさらされ、さらに非常に高価な薬剤でもあります。どのような患者さんに対して効果が期待できるか、副作用の危険性が高いのか、治療開始のタイミング、治療の継続期間、また他の治療と併用することで治療効果が高まるのかなど、解明されていない事もまだまだ多く存在します。現在もさらなる研究が日々進行している状況です。

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 岡山赤十字病院(086―222―8811)

 ほそかわ・しのぶ 丸亀高校、岡山大学医学部卒。金田病院、国立病院岡山医療センター、岡山大学医学部付属病院などを経て2005年から岡山赤十字病院。15年から現職。日本内科学会認定医、日本呼吸器学会指導医・専門医・代議員、日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医、日本呼吸器内視鏡学会指導医・専門医、日本がん治療認定医機構がん治療専門医。医学博士。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2017年01月16日 更新)

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