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(6)認知症と運転 万成病院医師 髙橋弘美

髙橋弘美医師

 このところ毎日のように高齢運転者による交通事故が報道されています。その中には認知症の疑いのある高齢者の事故が多数見受けられます。近年、交通事故自体は減少している中で、高齢運転者による人身事故は増加しています。

 認知症の高齢運転者による事故を減少させるために、3月から道路交通法が改正されます。75歳以上の高齢者は3年に1度の運転免許更新時に認知機能検査を受けますが、認知機能が低下している際に起こしやすい違反行為をした時にも、臨時の認知機能検査を受けることになります。認知症の疑いがあると医師の診断書の提出が必要となり、認知症と診断されれば運転免許は取り消しとなります。これで問題解決かと言うと、そう簡単ではなさそうです。

 認知機能が低下した状態での運転が危険なのは当然で、事故が起こった時の悲惨さを考えると、運転はやめるべきだと誰もが考えます。しかし、高齢者の立場に立ってみれば、運転をやめるということは、毎日の買い物、通院などの際の移動手段を奪われることになり、他の交通手段がない地域では日常生活を送ることすら難しくなってしまいます。そのため、危険だと分かっていながら、家族も強く言えずに黙認している場合も多いと思われます。移動手段を確保し、不便のない日常生活を支援する体制がなければ、認知症高齢者の運転は減らないし、死亡事故の減少も限定的ではないでしょうか。

 運転に自信がなくなった時、運転免許を自主的に返納する制度があります。各自治体は、自主返納者にさまざまな生活支援を行うことで、高齢者の運転免許自主返納を促しています。

 岡山県では、運転免許を自主返納すると、「おかやま愛カード」=写真=の交付を受けられます。このカードを提示すると、バス運賃が半額に、タクシー運賃は1割引きになります。他にも衣料品、食料品、クリーニング、ホテルなどさまざまな協賛店での割引が受けられます。

 しかし、バスや店舗のない地域では現実に役に立つのか疑問もあります。

 自治体が地域住民の足の確保のために走らせるコミュニティーバスや、予約制で利用できる乗り合いバスや乗り合いタクシーが多くの自治体で導入されています。また、食料品、日用品の購入も、スーパーの宅配や通販が普及してきています。実際にどんな支援が求められているのか社会全体で考えていく必要があるでしょう。

 認知症高齢者の心情にも十分な配慮が必要です。運転をすることが本人の生きがいやプライドにつながる場合があります。そういう方にとって、運転をやめることは生活の張りを無くすことになり、無理にやめさせると認知症が一気に進むこともあります。頭ごなしに「危ないからやめて」と言えば、プライドが傷つけられ、怒り出して事態を悪化させるかもしれません。

 本人にとっての運転の意味、事故が起こった時の悲惨さ、運転以外の生きがいについて、周囲の人と気兼ねなく話し合えれば何らかの解決の糸口が見つかるかもしれません。運転しなくても困らない、生きがいを持って過ごせる社会をつくることが、認知症高齢者による事故を減らす近道ではないかと考えています。

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 万成病院(086―252―2261)

 たかはし・ひろみ 徳島市立高校、徳島大学医学部卒。慶応大学病院、徳島大学病院、徳島市立園瀬病院などを経て2006年から万成病院に常勤医として勤務している。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2017年02月06日 更新)

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