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(1)逆流性食道炎を確実に防止する新しい食道胃吻合法 天和会松田病院顧問 上川康明

上川康明顧問

 以前、ネット上に医療に関して次のような質問がありました。胃の上部に小さな初期のがんが見つかり、医師から発生した場所が悪いので胃の全摘しかないと言われたそうです。そこで、胃全摘以外に方法はないのかという質問でした。

 胃の上部の進行したがんに対しては、根治のために胃全摘をするというのが外科医の一般的な考えですが、これが早期がんとなると外科医の意見も分かれます。早期がんであれば、がんを治すという観点からは、胃の上部だけを切除して中下部(胃の3分の2程度)を残す手術=図1=が可能な場合が少なくありません。しかし、幾つかの理由によって、あえて胃全摘を選択する外科医もいます。

 胃上部の早期がんに対して全摘が行われることは以前に比べて少なくなりましたが、大学病院を中心に117の施設について2015年に行われた調査(※)でも、胃上部の早期がんに対して胃全摘を選択する施設が28%であったと報告されています。この調査で、胃上部だけの切除、すなわち噴門側胃切除(以下、噴切と略)を選択しない理由の中で最も多かったのが、「逆流性食道炎を危惧」でした。

 噴切を行った後の再建術には、小腸を用いるなど幾つかの方法がありますが、約70%の施設では食道断端と残胃をつなぐ食道胃吻合(ふんごう)が行われています。従来行われていた食道胃吻合では、ある程度の頻度で胃から食道への逆流が起こります。食道の粘膜は消化液によって障害されやすい性質であるため、逆流性食道炎を引き起こします。その結果、術後長期にわたって不快な胸焼けや痛みによって、患者さんが苦しめられることになるので、それを避けるためにあえて胃全摘を選択する施設もあるのです。

 もともと、食道と胃はつながっているのに、簡単に逆流が起こらないのは、食道と胃の移行部(噴門)にその秘密があります。ここには逆流防止のための三大要素が存在し、効率良く逆流を防止しています。三大要素についての詳しい説明は割愛しますが、噴切を行うことによって三要素の一部、あるいはすべてが失われるために、逆流が起こりやすくなるのです。

 本稿では、噴切後の胃から食道への逆流を効果的に防止し、逆流性食道炎を起こさない新しい食道胃吻合法を紹介します。この方法の要点は、逆流防止弁を作成する手術ということになります。

 噴切後に従来行われていた方法は多くの場合、図2のように残胃の前壁で食道と吻合していました。この形で吻合することで、ある程度逆流が防止できますが、その効果は十分ではありませんでした。

 今回紹介する吻合法=図3=では、残胃の前壁の漿膜(しょうまく)(腹膜)と筋層にH型の切開を加え、筋層と粘膜との間を剥離して図3bのように漿膜筋層のフラップを作成します。つぎに粘膜に切開を加えて食道断端と吻合します。吻合終了ののち、作成していた漿膜筋層フラップを図3eのように被せて縫合固定し、再建が完了します。この吻合法では、吻合部は胃の粘膜と筋層の間に挟まれ、胃の腔内に突出した形となります。食餌などで胃内の圧が高くなると、それに押されて確実に吻合部が閉じ、効率良く逆流が防止されます=図4

 この再建法は、私が2001年に発表したもので、漿膜筋層フラップの形から「観音開き法」と呼んでいます。発表以来、徐々に他施設で追試され、効果が確認されるにしたがって、近年全国の多くの施設で採用されつつあります。本法により、少しでも質の良い術後生活を送られる方が増えることを期待しています。

     ◇

 天和会松田病院(086―422―3550)

 かみかわ・やすあき 千葉県麗澤高校、岡山大学医学部卒。岡山大学医学部第一外科助教授を経て三原赤十字病院院長、2007年より医療法人天和会松田病院顧問、現在に至る。外科専門医・指導医、消化器外科専門医・指導医。

参考資料

(※)中田浩二:噴門側胃切除術の臨床的有用性と課題―PGSASの知見を交えて―。第25回がん臨床研究フォーラム、2015年6月12日、東京
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2017年06月05日 更新)

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