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(38)中皮腫の研究・治療 岡山労災病院 岸本卓巳副院長

岸本卓巳副院長

患者の労災認定や救済を推進

 ―アスベスト(石綿)を吸い込むことで生じるがん・中皮腫などアスベスト関連疾患のエキスパート。1987年から研究と治療に取り組まれ、これまでに500例以上を診察されています。30年となる節目の本年度、がん撲滅に功績のあった個人、団体を表彰する「松岡良明賞」も受賞されました。

 岸本 中皮腫とのかかわりは、臨床研究科医長として呉共済病院(呉市)に赴任したことがきっかけです。それ以前ももちろん知識として知ってはいましたが、実際には診たことがありませんでした。たまたま隣の部屋になった病理医の先生に誘われる形で手掛けることになりました。

 アスベストとの関連を調べようと、亡くなった中皮腫患者さんのカルテを見ても、当時はまだ職業歴なんて全くといっていいほど記入されていませんでした。そこで、ご遺族の方に話を聞いていくと、みなさんが戦艦「大和」の建造で有名な旧呉海軍工廠(こうしょう)に勤めていたことが分かりました。断熱・防音などの目的で大量にアスベストを製造、使用されていたそうです。

 その後、91年に岡山労災病院に移りましたが、岡山でも次第に中皮腫患者さんが出てきました。こちらは主に戦後にアスベストを吸入した方々でした。

 ―アスベストは国内では2006年に全面使用禁止になりましたが、亡くなる方々は増え続けています。

 岸本 国内で中皮腫で亡くなった方は1995年には500人でしたが、年々増加し、2015年にはその3倍の1504人に上っています。16年の数字は1550人と先日厚生労働省から発表になりました。

 中皮腫は初回ばく露から発症までに40年前後かかります。建設、造船、電気工事といった幅広い現場で1960~70年代にかけて使用が急増していったため、今後も患者さんは増加すると見込まれています。2030年ごろには2千人程度に増えると思われます。

 ―中皮腫は治療後の経過が思わしくない疾患の一つとして知られています。早期発見が欠かせませんが、診断が難しいと聞きます。

 岸本 中皮腫の大半を占める胸部の「胸膜中皮腫」の場合、腫瘍が大きくなったり水がたまったりして、肺の圧迫による呼吸困難や胸の痛みが生じますが、自覚症状のない方もいます。アスベストにばく露した職業歴を持つ人には「石綿健康管理手帳」が交付され、6カ月ごとに無料で健康診断が受けられますので、当院では患者さんに職業歴を聞くことを徹底しています。

 エックス線写真やCTによる画像診断だけでは肺がんや胸膜炎などと区別しにくいケースも多く、全国的には誤診も少なくありません。いずれにしても確定診断には患部の一部を切り取って調べる生検が必要です。

 一般的に早期であれば、病巣のある片方の肺やその周辺の胸膜を切除する手術が可能です。当院の手術は胸部外科が専門の西英行副院長が手掛けます。化学療法なども組み合わせますが、進行具合や残す側の肺の状態、患者さんの体力などケースによって異なります。新薬の研究にも取り組んでいますが、なかなか臨床的に使用できるまでに至っていないのが現状です。

 ―アスベストによる健康被害が社会問題化した05年以降は国の検討会や診査会などの代表を務め、労災認定や労災対象外となった方の救済に尽力されてこられました。最近は中国やモンゴルにも足を運ばれています。

 岸本 05年以降、医師の側でも中皮腫に対する認識は高まりましたが、専門的な診断ができる医師は少ないのが実情です。また、本来は労災補償されるべき疾病ですが、職業性ばく露を問わない救済法での認定の方が多いのも問題です。年間7万人余りが亡くなる肺がんの中でもアスベストによるものと認定されていないケースも少なくないはずです。びまん性胸膜肥厚など良性の疾患もまだまだ関心が低いのも現実です。患者さんやご家族の経済的負担にかかわることですから、労災認定や救済をもっと進めるべきです。

 アジアでは今後、中皮腫が急増することが予想されています。しかし、きちんと診断ができる医療機関はまだありません。呉時代に(アスベストばく露の指標となる)アスベスト小体の測定方法を教えていただいた井内康輝・広島大名誉教授(人体病理学)とは今でも一緒にモンゴルに行って診断技術の普及に努めています。手助けができればと考えています。

 ―国の研究センターが院内に設けられるそうですね。

 岸本 2階建て延べ400平方メートルほどの施設で、9月に着工し、来年4月に稼働する予定です。電子顕微鏡によるアスベスト繊維の測定、腫瘍マーカーの活用などを進め、診断・鑑別のための体制強化を図ります。病理診断では専門の病理医がいるほかの医療機関とネットワークを結び、意見を聞ける体制を築いていきます。岡山大などとも連携し、基礎研究の充実にも取り組まなければいけません。若い医師や研究者たちにも加わってもらい、後進の育成に力を入れたいと思います。

     ◇

 岡山労災病院(岡山市南区築港緑町1の10の25、086―262―0131)

 きしもと・たくみ 大安寺高、岡山大医学部卒、同大大学院医学研究科修了。呉共済病院などを経て1991年から岡山労災病院勤務。2003年から副院長、05年からアスベスト疾患ブロックセンター長、06年からアスベスト関連疾患研究センター長を務める。環境省の中央環境審議会委員、中央環境審議会環境保健部会石綿健康被害判定小委員会委員長、厚生労働省の中央じん肺診査会会長などとしても活躍。65歳。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2017年10月02日 更新)

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