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(4)最近の認知症治療のアプローチ―認知症疾患医療センターの役割 慈圭病院副院長 石津秀樹

認知症の中核症状と周辺症状

認知症専門病棟は10人前後のユニットに分かれ、家族や職員も交えて和やかな雰囲気で食事ができる

石津秀樹副院長

 慈圭病院は2012年3月に岡山県認知症疾患医療センターに指定され、主に県の南東部、備前地区の認知症相談や治療に当たっています。岡山市内にはほかに二つの認知症疾患医療センター(岡山大学病院、岡山赤十字病院)があり、認知症の初期診断に重要な役割を果たしています。中でも頭蓋内に血液がたまる慢性硬膜下血腫や、髄液の流れが滞る特発性正常圧水頭症などは、早期に発見すれば治療可能な認知症です。糖尿病や肝硬変による意識障害が認知症と間違われることもあります。

 認知症には中核症状と周辺症状があります。中核症状(もの忘れなど)の進行を止めることはできませんが、住み慣れた環境で生活するためには、周辺症状(不穏や興奮、徘徊(はいかい)など)を生じさせない工夫をすることが大切です。慈圭病院の認知症疾患医療センターの主な役割は、この周辺症状を治療することです。家庭や施設での介護に影響する周辺症状の悪化時には入院治療を行います。

 Aさんは90歳近くまで自宅で単身生活を送っていました。高齢になっても車を運転し、買い物やプールに行くなど活発な人でした。徐々にもの忘れが進んで足腰も弱り、栄養失調になっていきました。眠れないので、かかりつけ医から睡眠薬をもらっていましたが、飲んだことを忘れて薬を重ねて飲むこともあったようです。興奮して警察や近隣を巻き込んでの混乱状態と、興奮・拒絶の強い状態で入院になりました。

 入院後は睡眠薬を中止して栄養を取り、生活リズムが安定すると、われを取り戻すように周辺症状は回復しました。診断は脳梗塞を伴う軽度のアルツハイマー型認知症でした。他人を頼らない生活をしてきたため、ヘルパーや他人が自宅へ入ることを嫌いましたが、病棟スタッフとともに入院先から自宅へ通い、周囲の心配を拭い去り、帰宅願望をかなえることができました。

 嫉妬妄想で興奮し、暴力の出たBさんも入院となりましたが、環境が変わると落ち着き、穏やかに夫に接することができるようになりました。現在は自宅からデイサービスへ通っています。物盗(と)られ妄想や嫉妬妄想は認知症によく見られる症状で、いわゆる勘違いから起こります。元気な夫に対して、役に立たない自分を感じることが嫉妬妄想に変わりやすいと言われています。幻覚やうつ症状、せん妄状態(寝ぼけたような状態になる意識障害)などさまざまな周辺症状がありますが、それぞれに原因があり、心理的な要因を理解しておくことで周辺症状の発症を予防できます。

 当院では15年2月の東館開設を機に、二つの病棟(48床×2)を認知症専門病棟として運用を開始しました。全病室のうち80%が個室(トイレ付き)になりました。

 超高齢化社会を目前にして、国は「認知症になっても自分らしく地域で暮らすことのできる社会」を実現させようと、さまざまな対策を進めています。国民みんなが認知症サポーターになり、認知症を受け入れる地域社会ができれば、入院に頼らない生活支援が広がり、いつしか認知症病棟が不要になる時がやって来るのではないかと期待しています。それまでは、認知症病棟が介護困難となった時の最後の砦(とりで)としての役割を担っていくことになるでしょう。

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 慈圭病院(086―262―1191)

 いしづ・ひでき 山口県立下関西高校、岡山大学医学部卒。岡山赤十字病院、岡山大学病院勤務を経て慈圭病院研究部長。2014年4月から副院長。日本精神神経学会(専門医、指導医)、日本老年精神医学会(専門医、指導医)、日本認知症学会(専門医、指導医、評議委員)など。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2017年10月16日 更新)

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