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(39)安心の産婦人科医療 岡山市立市民病院 平松祐司マタニティセンター長

平松祐司マタニティセンター長

救急、災害対応のモデルに

 ―安心して子どもを産み育てられる環境を実現するには、産婦人科医療の充実が欠かせません。状況はどうでしょう。

 平松 若い年代の女性医師が増え、その年代を含む女性医師が妊娠・出産・育児をしながら働くケースの増加により、産婦人科医についてはマンパワー不足の状態にあります。

 また、分娩(ぶんべん)施設も減っています。わが国では現在、年間約100万人の赤ちゃんが産まれていますが、同程度のお産の体制を将来にわたって安定的に維持していくためには、年間500人ずつ新たな産婦人科医を確保していくことが望まれます。私も役員を務める日本産科婦人科学会では、国などとも協力して医師の処遇改善や支援強化などを進め、確保に取り組んでいますが、達成できていないのが現状です。

 岡山県は人口10万人当たりの産婦人科医数が全国でも上位で、今のところはまだ良い環境だと言えるでしょう。とはいえ、県内で分娩を取り扱う病院・診療所数をみると、1996年には37病院・39診療所だったものが2017年には13病院・24診療所と大きく減っています。5年先、10年先の将来を考えると非常に危機感を持っています。

 ―県内でもお産のできる施設がなくなった自治体があります。

 平松 県内では「総合周産期母子医療センター」として倉敷中央病院と国立病院機構岡山医療センターの2施設、そして「地域周産期母子医療センター」として岡山大学病院、岡山赤十字病院、川崎医科大付属病院、津山中央病院の4施設が指定されています。それらのセンターと各地域にある病院、診療所、助産施設などが連携し、妊婦さん、子どもさんの安全のために日々取り組んでいます。

 しかし、分娩を取り扱う病院や診療所などが減少したことで、お産のためにはより遠くの施設まで行かなければならなくなり、緊急時のアクセスに長い時間がかかってしまうことが大きな課題となっています。特に深刻な県北西部では最寄りの分娩施設まで車で60分以上かかるエリアや、万一の際にいずれかの周産期母子医療センターまで60分以上かかるエリアが目立っています。

 ―晩婚化で妊娠、出産年齢が上昇し、疾病のリスクも増えています。

 平松 一般に、女性の年齢が上がると卵子が老化して妊娠しにくくなり、妊娠しても赤ちゃんの染色体異常が増加します。また、子宮筋腫や子宮内膜症のほか、妊娠糖尿病や妊娠高血圧症候群といった妊娠中に起こるさまざまな合併症も加齢によって増えるとされています。

 症状が進むとおなかの赤ちゃんに悪い影響を及ぼすケースもあります。実際に「知っていればもっと早く受診したのに」と悔やむ患者さんは少なくありません。日頃からかかりつけの産婦人科医を持ち、気軽に相談できる環境を整えておくことが大切です。女性の健康管理に一生を通じて最も深く関わるのが産婦人科医です。ぜひ“マイ産婦人科医”をつくりましょう。

 日本産科婦人科学会でも、私が中心となって健康手帳「HUMAN+(ヒューマンプラス) 女と男のディクショナリー」、副読本「Baby+(ベイビープラス) お医者さんがつくった妊娠・出産の本」を作り、正しい知識の普及に努めています。男性のための項目も多く、ぜひ多くの人に読んでもらえればと思います。

 ―この春、岡山大を退官され、岡山市立市民病院へ転じられました。10月に開設されたマタニティセンターのセンター長として活躍されています。

 平松 岡山大学病院時代は、がんの手術だけでなく、子宮の機能を温存しながら筋腫だけを摘出する「筋腫核出術」では全国から患者さんを紹介していただき、特に難易度の高い非妊娠時、妊娠時そして帝王切開時の多くの症例を手術してきました。市民病院でも通常の正常出産だけでなく、岡山大学病院などと機能分担しながら、これまで以上に高度な診療にも対応し、同時に若手医師の育成をしていきたいと思います。

 現在の市民病院は15年5月の開院以来、「24時間365日断らない救急医療」を看板に掲げ、実績を重ねてきました。さらに岡山大の医師の研修の場ともなっています。これに新たに周産期救急に関する教育プログラム「ALSO」「BLSO」を中心としたセミナーを開催するなど、周産期医療の取り組みを加えていくつもりです。

 分娩施設までのアクセス時間が延びたことで、救急車内など施設以外での出産が増えています。狭く動いている場所での分娩などはなかなか学ぶ場面がありませんが、市民病院ならそれが可能です。大規模災害が発生した際の分娩の受け入れなど、万一の際の体制の検討も始めています。分娩施設が減る中、自治体病院に期待される役割は非常に大きくなっています。岡山市立市民病院を県内の自治体病院のモデルにしていきます。

 安心して赤ちゃんを産めない自治体が増えれば日本はつぶれてしまいます。これからもそのような危機感を持って、地域のため、日本のために頑張っていこうと思っています。

     ◇

 岡山市立市民病院(岡山市北区北長瀬表町3の20の1、086―737―3000)

 ひらまつ・ゆうじ 倉敷青陵高、岡山大医学部卒、同大医学部大学院修了。今年3月まで同大大学院医歯薬学総合研究科産科婦人科学教授。日本産科婦人科学会副理事長などの要職も歴任。現在は日本産婦人科手術学会理事長、日本糖尿病・妊娠学会理事長、岡山産科婦人科学会長、岡山県母性衛生学会理事長などを務める。66歳。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2017年10月16日 更新)

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