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岡山大学大学院呼吸器・乳腺内分泌外科学 豊岡伸一教授 世界目指し地域見つめる

豊岡伸一教授

 ―歴史と伝統ある講座の教授に48歳の若さで就かれました。

 講座のルーツは1923年に開講された外科学第2講座にさかのぼります。当時は全ての臓器を対象としていましたが、臓器別に専門・細分化する流れの中で、今は肺をはじめとした呼吸器と乳腺、甲状腺などの内分泌に特化しています。

 歴史は古くても、若手が上に対して自由に意見を言える気風が特長です。分かりやすい例が移植医療でしょう。1998年に国内初の生体肺移植を成功させたのは、当時助手だった伊達洋至先生(現・京都大学病院呼吸器外科教授)です。重い気管支拡張症だった患者の病状が直前に悪化し、難しい事例でしたが、当時の教授らが決断しました。岡山大学はそれ以来、脳死移植も含めて移植医療をけん引しています。新しいことに挑戦する自由な気風を受け継ぐためにも、私は後輩たちが何でも相談できる存在になりたいです。

 ―治療の実績や特徴について教えてください。

 呼吸器外科では肺がんを中心に年間約400症例を手掛けており、10年前の約250症例から大きく増えています。がんが早く発見されるようになったことに加え、他病院で治療が難しい症例の相談も多くなっています。例えば、リンパ節へ転移したり、気管へ浸潤したりして進行した肺がんでも、肺をなるべく残して呼吸機能を温存する手術をしています。体への侵襲が少ない内視鏡手術も増えています。手術後に、それまで通りの暮らしができるよう「可能な限り肺を残す」を合言葉にしています。

 講座では乳腺・甲状腺などの診療・研究も担当しています。特に乳がんは、乳房を切除するだけでなく、再建する手術に積極的に取り組んでいます。若い患者に多い遺伝性の乳がんの診療や、子どもを望む女性患者のために抗がん剤治療を受けても妊娠が可能となる支援も進めています。

 ―最先端の研究も進んでいますね。

 私は前任の岡山大学大学院臨床遺伝子医療学の教授時代、究極のオーダーメード医療ともいえる「プレシジョン・メディシン」(精密医療)の専門外来を、京大病院に次いで開設しました。がんの原因となる遺伝子変異を患者個々にピンポイントで探し当てて最適な薬を投与します。治癒効果が高まるし、薬の副作用で苦しむことも避けられます。岡山大学はその研究・治療拠点となる体制を整えています。

 これとは別に、岡山大学が発見したがん治療遺伝子「REIC」による悪性中皮腫治療の臨床試験も始めています。新薬承認を目的に企業主導で試験をしています。悪性中皮腫は治癒が困難ながんの一つだけに、良い結果が出せれば、と思っています。

 ―がん治療に対する思いは強いようですね。いつから医師を志すようになったのでしょうか。

 天才外科医を主人公にした手塚治虫先生の漫画「ブラックジャック」に影響を受けたのは言うまでもありませんが、小学生の時に骨肉腫と闘う少女を描いた映画を見たのが、がんを強く認識した最初です。その後、祖父が肺がんで亡くなり、身近な病気になりました。同じ頃、がん細胞について特集したテレビ番組を見て、体の中にある細胞が別のものになって命を奪っていくことに非常に不思議さや不条理さを感じ、この病気をもっと知りたいと思いました。それが医師を目指す大きな動機になり、今もそれは変わっていません。

 ―講座のスタッフに伝えていきたいことは。

 外科医として腕を磨くのはもちろん、研究にも取り組んでほしいです。大学は研究と診療部門の両方あるのが強みであり、その強みを生かすのが責務です。臨床の現場にいると、「なぜ」と思う現象によく出くわします。それを研究して次の治療に生かすことが大切です。大学には優れた基礎研究を行っている方が大勢いらっしゃるので、彼らと連携して現場にフィードバックする役割も求められます。その積み重ねが医療全体のレベルを上げることにつながるのです。

 もう一つ、海外留学もしてもらいたいです。私自身、若い時に米国の大学に3年間行き、今に生きる多くの学びを得ました。私の育成したい人材は「世界を目指し、地域を見つめる外科医」です。地域で良い医療をするためにも一度は海外で経験を積むことを勧めたいです。

 ―理想の外科医像はどのような姿でしょうか。

 患者さんが手術を受けたことすら忘れるような存在でしょうか。手術は体を傷つけるので、患者さんは治っても痛みや再発への不安に悩まされることが多くあります。そうではなく、病気が治り、日常生活で痛みもなくなることが大切です。

 私自身、かつて担当した患者さんに数年ぶりにお会いしたら手術したことを忘れていた、という経験がありました。主治医としては寂しい気もしましたが、外科医としてこれほどうれしいことはないのでは、とも思いました。つらい治療だと患者さんはずっと覚えているものです。がんを経験しても、カラオケをしたい、フルマラソンを走りたい、という患者さんはいます。その願いをかなえる努力を怠ってはいけません。

     ◇

 伝統が息づく研究室で、先端治療に挑む臨床の最前線で、スタッフを束ねて指揮する新進の医学教授に決意を伺う。

 とよおか・しんいち 倉敷天城高、岡山大医学部卒。同大大学院医学研究科修了。米テキサス大学サウスウエスタンメディカルセンター、国立がんセンター東病院胸部外科勤務、岡山大大学院呼吸器外科講師、同臨床遺伝子医療学教授などを経て2017年6月から現職。日本癌学会評議員、日本肺癌学会理事・評議員、日本呼吸器外科学会評議員のほか、世界肺癌学会の公式雑誌で編集委員も務めている。玉野市出身。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2017年11月06日 更新)

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