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(4)意思表示 家族で考え話し合って

臓器提供した三男の遺影を手に、当時を振り返る来海さん=岡山市

 最愛の息子を交通事故で亡くして17年になる。

 「臓器提供ができて本当に良かった」。赤磐市桜が丘東の来海(きまち)千寿子さん(71)は、岡山市内で経営するダンススタジオに飾った遺影を眺め、しみじみと語る。

 3人兄弟の末っ子だった。福祉分野の仕事に就きたいと岡山市内の専門学校にバイクで通っていた。事故は24歳の通学時、自宅近くで起こった。

 病院で管につながれた姿を見て、助からないことを悟った来海さん。自身が以前記入した臓器提供意思表示カードを思い出し、医師に話を切り出した。福祉に関心があった息子なら同じ選択をするはずだと。

 話を進めようとした矢先、息子がカードを持っていないことが分かった。法律により脳死の状態での提供は不可能だとコーディネーターから告げられた。

 「どうして」「まるで禁止法じゃないか」。夫婦で詰め寄った。

 心臓を提供すれば他の1人が助かる。肺も肝臓も…。無念さを抱えながら、家族承諾だけで可能な心停止後の提供を選択し、腎臓と、血管などの組織の摘出にサインした。

 法律の壁に阻まれ、100パーセント満足のいく結果ではなかったが「息子は誰かの体の中で生きている。そう毎日思えることは幸せ」と来海さんは言う。

法改正が転機

 移植医療は移植患者と医師にドナー(臓器提供者)という「第三者」が加わる特殊な医療だ。臓器移植法は当初、生前の本人署名による意思表示を義務付けた。「世界一厳しい」と評された内容は、提供側の意思を最大限尊重するためでもあった。

 岡山県臓器バンクの安田和広コーディネーター(49)は「意思表示がないため心停止後の提供にとどまっていたケースは一定割合あった」と言う。

 転機が訪れたのは2010年。改正臓器移植法が施行され、脳死下での臓器提供が飛躍的に増えた。理由の一つに挙げられるのが、生前に本人が拒否していない限り、家族承諾のみでも臓器提供を可能とする変更だ。改正からの7年間でドナーとなった400人近くのうち8割が該当する。

心のよりどころ 

 一方、法改正で移植医療が前へ進む中、あらためて意思表示の大切さを訴えるドナー家族もいる。福井県に住む会社員五十嵐利幸さん(67)だ。

 5年ほど前、妻が運転中にくも膜下出血を発症し、電柱に正面衝突した。医師からは、もって数時間から2日と宣告された。

 五十嵐さんは、妻が以前、臓器移植のテレビニュースを見て「何かあったら提供したい」と話していたことを思い出した。健康保険証にも意思が示してあり、提供を申し出た。

 子どもたちは賛成してくれたが、妻の母を筆頭に互いの両親は猛反対。3日間かかって説得していく中で、心のよりどころとなったのが妻の意思だった。

 「本人の思いを知っていたからこそ、確信を持って提供できたのだと思う」と五十嵐さんは振り返る。

 内閣府が今年実施した世論調査で「臓器を提供したい」と答えた人は41・9%。1998年の調査結果(31・6%)に比べ約10ポイント増えており、移植医療が国民の間に少しずつ浸透していることがうかがえる。だが、臓器提供を「する」「しない」という意思を運転免許証などに記入している人は12・7%にとどまり、残る9割近くの人は「考えが決まっていない」「抵抗感がある」といった理由から意思を示していなかった。

 五十嵐さんは仕事の合間を縫い、各地に講演に出向く。そこではこう訴える。「移植によって妻は思いを遂げられた。そのことによって、私たち家族も救われた。提供する、しないは別として、一度でいいから大切な人と移植について話し合ってほしい」

 誰もが臓器提供を通じて命の在り方を考え、話し合う―。そんな日が来ることを心から願っている。

 臓器提供の意思表示 日本臓器移植ネットワークの「臓器提供意思表示カード」のほか、運転免許証、健康保険証、マイナンバーカードに記すことができる。「脳死後および心停止後のいずれも提供」「心停止後に限り提供」「提供しない」といった選択肢に印を付ける。日本臓器移植ネットワークのホームページからも登録可能。いずれの方法でも意思はいつでも変更できる。意思表示カードは役所やコンビニ、医療機関などで配布されている。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2017年11月21日 更新)

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