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胃切除後障害の少ない胃がん手術 おおもと病院院長 磯崎博司

磯崎博司院長

センチネル理論で小さく切って治す

 胃内視鏡検診の導入や、胃がんを起こすピロリ菌の除菌治療の普及などにより、胃内視鏡による治療(粘膜下層剥離術、ESD)が可能な早期胃がんの発見が増えています。

 一方、早期胃がんと診断されても、粘膜より深く浸潤している場合には、リンパ節転移の可能性があるため、リンパ節郭清(かくせい)を伴う広範囲(3分の2以上)の胃切除が推奨されます。

 しかし、広範囲の胃切除後には、体重減少や小胃症状(すぐ満腹になる)、ダンピング症状(食後に起きるめまい、冷や汗、腹痛、下痢)や、逆流症状(胸やけ)などの胃切除後症候群に悩まされることがしばしばあります。従って、広範囲胃切術を受けた方のQOL(生活の質)と、ほとんど後遺症のない胃内視鏡治療後の方のQOLは、差が極めて大きいと言えます。

 胃切除後障害の程度は、図のように、胃全摘で最も大きく、局所胃切除で最も小さくなります。おおむね切除範囲の大きさによりますが、切除部位にも影響され、噴門側切除では胃全摘に近くなります。同じ術式であれば、開腹手術と腹腔鏡(ふくくうきょう)手術による胃切除後障害の程度に差はありません。

 胃全摘または3分の2から4分の3の広範囲幽門側胃切除+D2リンパ節郭清(胃に接しているリンパ節と少し離れたリンパ節を取り除く)が「定型手術」とされ、その他は「縮小手術」と分類されます。縮小手術の難点は、リンパ節転移の状況が分からない場合、根治性が担保できないことです。この難点をカバーするのが、センチネルリンパ節理論による手術です。

 センチネルリンパ節とは、がんが最初に転移するリンパ節のことです。がんのリンパ節転移は通常、がんのある場所からリンパが流れる方向に生じます。そこで手術中に、胃内視鏡でがんの周りの4カ所に色素を注入し、染まったリンパ節(センチネルリンパ節)を摘出し、術中迅速病理診断します。

 色素が流れているリンパ流領域は完全に郭清します。病理診断で転移がなければ、がんを含む小範囲の胃を切除して手術を終了します(イラスト参照)。

 このように手術すれば、余分な胃切除とリンパ節郭清をせずに済むわけです。万が一、染色されたリンパ節以外に転移があっても、リンパ流領域内にあることがほとんどなので、根治性も保たれます。もちろん、はっきりとリンパ節転移を認めた場合は定型手術に変更します。

 おおもと病院では、センチネル理論に基づき、2005年頃から図に水色で示した縮小手術を行っています。その術後のQOLは定型手術より有意に良好であることが、術式ごとに胃切除後のQOLを比較した質問表調査により、証明されました。

 センチネル縮小手術の適応は、早期胃がんまたはそれに近いもので、腫瘍径が4センチ以下のものです。早期胃がんに対する胃内視鏡治療と、定型手術の中間に位置するものと考えています。

 現在、センチネル縮小手術は傷が10センチ程度の小開腹法で行っています。センチネルリンパ節を含むリンパ流領域は、迅速に術中判断する必要があり、腹腔鏡手術では対応できず、開腹にしています。腹腔鏡手術は4~5センチの傷ですが、傷の大きさにこだわるより、胃切除後障害を防ぐことの方が、患者さんの術後の生活にとって、より重要だと考えています。

 現状に満足せず、腹腔鏡によるセンチネル縮小手術の開発など、今後もより負担の少ない低侵襲の治療を工夫し、患者さんが術前の生活に戻っていただけるよう、力を尽くしたいと思います。

     ◇

 おおもと病院(086―241―6888)

 いそざき・ひろし 徳島城南高校、岡山大学医学部卒。パリ大学留学を経て大阪医科大学助教授(一般・消化器外科)、岡山大学中央手術部助教授。2003年、おおもと病院副院長。2010年より院長を務める。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2018年03月05日 更新)

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