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川崎医科大学消化器外科学 上野富雄教授 想定外リスク減らす手術を

上野富雄教授

 ―教授は肝臓、胆道、膵臓(すいぞう)、脾臓(ひぞう)の「肝胆膵外科」がご専門です。特に膵臓は腹部奥深くに位置し、周囲に大きな血管が走り、手術の難易度が高いとされています。安全な手術を実現するため、教授は独自に補助器具を考案されたと伺っています。

 膵頭部にできたがんを取り除く「膵頭十二指腸切除術」では、膵頭部と十二指腸、周辺にある胆嚢(たんのう)、胆管などを切除した後、直径数ミリの膵管と消化管を吻合(ふんごう)し、膵液の通り道を再建しなければなりません。膵液は消化酵素を含んでいますので、吻合がうまくできなくて膵管から膵液が漏れると、細菌にさらされて酵素が活性化します。そうなると、膵液が周りの組織を溶かして重篤な合併症を引き起こし、最悪の場合は死に至る恐れがあります。

 私が前任の山口大学医学部時代に考案したのは、この吻合をより確実に行うための吻合補助器で、先端部分が樹脂製でピンセットのような形をした道具です。膵管に補助器を挿入して広げた状態で縫合糸を貫通させ、そのまま補助器で糸をつまんで引き出して縫い合わせます。至って単純な仕組みですが、針で糸を通す従来の方法よりも、迅速に、しかもしっかりと膵管に糸を取り付けることができます。安全な吻合の実現につながります。

 これまでに60例余りの膵臓関連手術で使っていますが、国際基準のグレードCに該当する重篤な膵液漏れは1例も起きていません。産学官が連携して製品化し、他の医療機関からの問い合わせも増えています。私が直接手術法を指導しながら、少しずつ導入が広がっています。

 ―安全な手術を行うために、どんなことを心掛けておられますか。

 手術は「始まる前に、実際には終わっている」と言われます。つまり、それだけ事前の準備が重要だという意味です。

 手術中に想定外の事態が発生するリスクを、できるだけ減らさなければいけません。膵管吻合補助器を考案したのも、執刀医の技量によらず、誰が手術しても安全にできるようにするのが狙いです。患者さんのため、今後もより安全な手術を模索していきます。

 ―消化器外科では、肝胆膵の他にも食道、胃・十二指腸、小腸・大腸、肛門など幅広い器官を扱います。川崎医科大学の中でも歴史のある教室ですね。

 1970年の開学とともに当教室が設置され、2年後に50周年を迎えます。73年に開院した大学付属病院の手術第1例も消化器外科が行ったと聞いています。

 「医療は患者のためにある」「24時間いつでも診療を行う」など、病院が掲げる五つの理念を踏まえ、医療を必要としているさまざまな患者さんを積極的に受け入れています。年間約700例の手術を手掛けますが、このうち約150例は大腸穿孔(せんこう)や急性胆嚢炎、虫垂炎などの救急患者さんです。大学病院として高度先進医療を提供するだけでなく、地域医療の中核を担っています。

 ―さまざまな専門を持つ医師がいらっしゃいますが、互いにどのように連携しておられますか。

 教室内では、藤原由規特任教授が食道や胃などの「上部消化管」、鶴田淳准教授が小腸や大腸などの「下部消化管」を担い、私は肝胆膵を専門として、それぞれ責任を持ちながら、連携して治療に当たっています。研修医にも4カ月ごとに三つの分野を持ち回りで学んでもらい、教育面でもこの体制を生かしています。

 大学全体でも、消化器外科と呼吸器外科、心臓血管外科、乳腺甲状腺外科、小児外科、総合医療センター(岡山市北区中山下)の総合外科という外科系6科が合同で、月に1度、スタッフ会議を開催するなど連携に努めています。

 ―将来的に外科医の不足が心配されており、後進の育成も重要です。

 病状が進行した状態で見つかることがほとんどの膵臓がんでは、多くの患者さんが手術に一縷(いちる)の望みを託し、手術ができるというだけで精神的に救われたと思う人が少なくありません。膵臓がんの手術はケースにより、10時間とか12時間も飲まず食わずで行わなければならないことがあります。体力的にもしんどい仕事ですが、研修医や学生には、外科医や患者さんが手術に懸ける思いを知ってもらい、外科医のやりがいを伝えていきたいと考えています。

 私は人を助ける仕事がしたいとこの世界に進みましたが、実は、両親は私が医者になることには反対でした。高校の担任教諭が両親を説得し、山口大学医学部に進学することができましたが、母親は高校の卒業式に来てくれませんでした。

 それでも次第に私の仕事を理解してくれたのでしょう。後年、「医者になって良かったね」と言ってくれた時はうれしかったですね。多くの患者さんが治療を受け、笑顔で退院していく姿を見ると、私自身も医者になって本当に良かったと思っています。

 うえの・とみお 大分県立中津南高校、山口大学医学部卒。同大学大学院医学研究科単位取得退学。同大学医学部付属病院、米国デューク大学などを経て、2016年8月に山口大学医学部(消化器・腫瘍外科学)准教授。同9月から川崎医科大学消化器外科学主任教授、同付属病院消化器外科部長を務める。日本外科学会外科専門医・指導医、日本消化器外科学会消化器外科専門医・指導医、日本肝胆膵外科学会高度技能指導医、日本再生医療学会再生医療認定医など。54歳。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2018年03月19日 更新)

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