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特別講演 自己と非自己の免疫学~アレルギー・がん・臓器移植への新たなアプローチ~ 大阪大学免疫学フロンティア研究センター 実験免疫学特任教授 坂口志文氏

坂口志文氏

 岡山大学医学部の創立150周年(2020年)に向けた記念事業「健康フェスタ in Okayama」(岡山大学、山陽新聞社など共催)が5月3、4の両日、岡山コンベンションセンター(岡山市)で開かれ、オープニングとして大阪大学免疫学フロンティア研究センター実験免疫学特任教授の坂口志文氏が特別講演(一般財団法人奥田財団特別共催)。岡山大学大学院医歯薬学総合研究科長の那須保友教授を座長に、詰め掛けた市民らが最先端の免疫学の研究成果に耳を傾けた。



 免疫系は病原微生物などを非自己と認識して排除する仕組みで、自分に反応して自分を壊すのが自己免疫病だ。人口の5%はり患しているといわれ、神経を包む組織が破壊される多発性硬化症、甲状腺炎、I型糖尿病、関節リウマチなどがある。症状が出ない人を含めるともっと多いだろう。

 免疫系ではリンパ球が重要な働きをする。胸腺由来のT細胞と、骨髄由来のB細胞があり、二つがあって有効な免疫反応が起きる。自分に反応しないことを免疫自己寛容というが、免疫系は自己と反応する危険なリンパ球をどう処理しているのか。マウス実験で、特定のリンパ球を除くと、人と同じような自己免疫病が起きた。このリンパ球がわれわれが発見した「制御性T細胞」だ。結果的には、リンパ球の中でCD4リンパ球の10%を占めるCD25というマーカー(指標)を持ったリンパ球が危険なリンパ球を抑え込んでいることが分かった。

 一方、幼少期の男児にまれに起こるIPEX症候群という病気は、自己免疫病のI型糖尿病や甲状腺炎、アレルギーなどを高頻度で起こす。2000年にゲノム解析で原因はX染色体上にあるFoxp3遺伝子であり、これが突然変異することで、制御性T細胞の発生が阻害され、自己免疫病を起こすことが分かった。これはわれわれが見つけたCD25と同じ働きをする。マウスで起こっていたことと、人で起こっていることが結びついた。また最近、胸腺だけでなく人体の腸管など局所でも制御性T細胞が作られることが分かっている。

免疫病が起きやすい先進国

 人は自己に対して反応するリンパ球を持っているが、病気を起こさないようにコントロールされている。しかし制御性T細胞を除くと自己免疫病が起きてくる。正常ならウイルスや細菌に対して反応できるが、制御性T細胞を除くと、腸内細菌に対して抑えが効かなくなり、花粉など環境物質に対しても反応するようになる。自己と非自己は、免疫学的に見れば、その境界はかなりあいまいだ。人によって差がある。言い換えれば、この境界をコントロールしてやれば治療に結びつく。

 先進国では戦後、自己免疫病やアレルギーは増えている。国民総生産(GNP)と、これらの有病率は相関しており、国の豊かさ、環境の良さが関係していると考えられる。昔は、子どものころにほとんどの感染症を経験した。しかし今はワクチンがあり発症を抑えている。文明の皮肉だが、リンパ球や制御性T細胞は鍛えられていない。免疫反応をコントロールしているのが制御性T細胞で、人間の進化の過程で備わってきたと思われる。

がん治療を安価に、簡単に

 体の中には免疫反応を引き起こす自己抗原がある。それを認識するとリンパ球が活性化し自己免疫病を起こす。自己もどきのがん抗原に反応するリンパ球もいる。制御性T細胞を除けば自己免疫病は起きるが、がんに対する免疫反応は高まると考えられる。

 マウスの実験では、例えば、はしかにかかり、いったんは病気になるが、2度目には症状が出ない。すぐに免疫反応が起きる。これと同じように、がん免疫もつくれることが分かってきた。

 がん細胞に、まず入るのはがん免疫を抑え込む制御性T細胞で、それにより免疫細胞は抑えられていた。これが現在の認識だ。CD8はがんを攻撃するリンパ球だが、攻撃するリンパ球が、抑制するリンパ球より多い場合にはがんの予後がいい。逆の場合は予後が悪くなる。がんの予後をみるときのマーカーとして二つのリンパ球の比率をみるのが最近の知見だ。

 免疫系の抑制解除による抗がん作用を狙った免疫チェックポイント阻害剤が今、注目されている。抗CTLA―4抗体(イピリムマブ)、抗PD―1抗体(ニボルマブ)などは、効果はあるが、同時に自己免疫病や炎症性腸炎など副作用も現れる。がん免疫も作れるが、自己免疫反応も起きてしまうのが問題だ。

 今後は、抗体の作用機構が分子レベルで解明されて、抗体と同じ効果を持つ経口薬剤を開発することが夢だ。安価に、簡易に使用できなければ開発途上の国では使えない。がん治療が簡単になるのが理想で科学の進むべき方向だろう。

臓器移植に理想の療法を

 移植臓器の免疫反応を抑えるにはどうするか。T細胞を除いたマウスに移植すれば攻撃するリンパ球がいないので、移植片は生着する。そこに普通のリンパ球を入れると100%拒絶が始まる。ところが制御性T細胞をまず入れてやれば、1週間の間に移植片に集まってきて増えていく。その後、正常なリンパ球を入れてやると拒絶を抑える。割合が1対1なら拒絶が遅くなり、20%~30%は拒絶が起きない。抑えるリンパ球をもっと増やすと70%で生着する。免疫抑制剤を使わなくても、体の中にいる免疫抑制に特化したリンパ球を増やせれば移植医療がより簡単に、より優しい医療ができることになる。

 現在は、免疫反応を抑える制御性T細胞で攻撃する方は抑え、制御性T細胞を何とか増やしてやれば自己免疫病とか移植医療に有効な手段になると考えている。われわれは攻撃するリンパ球を何とかして制御性T細胞に変えることを目標にしている。これは一つの理想的な治療法になるはずで、その薬剤の開発に取り組んでいる。

 われわれの体の中には、免疫反応を抑えることに特化したリンパ球がおり、その異常はいろんな病気の原因になる。それをうまく増やしたり減らしたりすることで、免疫反応を上げたり下げたりコントロールすることができる。将来、自己免疫病やアレルギーをより生理的な形で治療できないか。制御性T細胞をコントロールすることでがんの治療もできるのではないか。臓器移植にも応用できるのではないかと思っている。

 さかぐち・しもん 京都大学医学部卒。米国留学、京都大学再生医科学研究所所長などを経て、2011年から現職。免疫反応を抑える「制御性T細胞」を発見し、自己免疫病、アレルギーなどにおける役割を解明、臨床応用への道を開いた。15年ノーベル賞の登竜門と言われるガードナー国際賞を受賞。滋賀県出身。67歳。



特別共催者あいさつ 一般財団法人 奥田財団 奥田宏理事長

 一般財団法人奥田財団は、学術振興と地域文化の向上に寄与することを目的に2016年に設立。学術講演会やコンサートの開催をはじめ、芸術、医療、福祉、スポーツに関するさまざまな事業を行い、社会貢献に資する活動を行っております。特別共催したこの講演もその一環です。

 「制御性T細胞」の発見で世界的に著名な坂口志文先生をお招きし、最先端の研究成果を直接お聞きする機会をいただいたことは誠に光栄なことで、心から感謝いたします。免疫医療はがんやアレルギー疾患、リウマチなどの治療に光を当てる期待の大きい学術領域です。今後の坂口先生のご活躍に期待いたしますとともに、当財団として岡山を中心に社会的に意義深い企画を今後とも実施してまいります。よろしくお願いいたします。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2018年05月30日 更新)

タグ: がん岡山大学病院

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