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川崎医科大学精神科学 石原武士教授 患者の苦悩に寄り添い考える

石原武士教授

 ―川崎医科大学附属病院心療科の部長を務め、診療の最前線におられます。どのような病気の患者さんがいらっしゃいますか。

 いろいろなストレスに反応して心身の不調を来す「適応障害」と診断される方が増えています。昨年は外来患者さん全体の2割を超えました。また、以前は広汎性発達障害などと呼ばれていた「自閉スペクトラム症」と診断されるか、その傾向が感じられる方の受診も増えています。うつ病の患者さんも引き続き大勢の方が受診されています。

 ―さまざまな職場で適応障害の事例を耳にするようになりましたね。

 原因はいろいろ考えられますが、一つには、適応しにくい環境要因が増えているのかもしれません。職場で「人員が減ったのに業務量は変わらない」「上司が理不尽な要求をする」「セクハラがある」などのケースでは、環境に問題があると考えられます。

 職場以外でも、家族との不仲、経済的な問題、自身や家族の健康問題、近所付き合いのトラブル、受験の失敗、家族や友人との離別・死別などの要因に、心身が反応する場合もあります。

 一方、個人の適応力に問題を感じることもあります。環境に特段の問題がないのに心身の不調を来す場合は、個人の特性に原因があるのかもしれません。

 医師として患者さんの苦悩に寄り添い、一緒に考えることを大切にしています。苦しい環境から一時的にでも抜け出して休養する目的で入院を提案したり、家族や職場への働き掛けを試みたりすることもあります。症状によっては、抗不安薬や抗うつ薬などの薬物治療を行います。

 ものの受け取り方や考え方に偏りがありそうな患者さんの場合、別の捉え方や行動を提案してみることもあります。大げさに言えば“生き方”を変えることを長期的に支援する中で、適応障害の再発を予防していくのです。

 ―もう一つのメンタル危機にうつ病があります。誰しも発病する可能性がありますが、心配な人はどうすればいいのでしょうか。

 何となく元気がない、しんどい、うつかもしれないと思うとき、まずはかかりつけ医を受診してください。うつ病の初期治療はどの医師も勉強しています。そこで治療を受けて治る人もいます。診断がつかない、治療がうまくいかない場合には、専門医を紹介してもらってください。

 ―どのような治療をするのですか。

 薬物療法、精神療法、作業療法などがあり、私たちは精神療法を非常に重視しています。治療の二つの柱は心理的休養と服薬です。心を休めることが大切なのです。患者さんの苦労、努力をねぎらった上で、少し休もうと促します。頑張って燃え尽きてうつになった人に抗うつ薬を出すだけでは、薬を飲んでもっと頑張りなさい―と受け取られかねません。

 ―うつ病の中でも最近は「新型」の患者さんがおられるそうですが、どんな方たちですか。

 通常、うつ病患者さんは几帳面(きちょうめん)で真面目、責任感の強い人で、頑張って燃え尽きて苦しみます。自分が悪い、仕事を休んで周囲に迷惑を掛けている―と非常に自責的になります。早く治して職場に復帰し、休んだ分を取り戻そうと頑張り、うつ病を再発したりします。

 これに対し、新型と呼ばれる人たちはあまり頑張らない傾向があります。「新型うつ病」は正式な病名ではなく俗称です。うつ病の診断基準には当てはまるのですが、会社が悪い、世間が悪い、家族が悪い―と他罰的になりやすく、職場になかなか戻ろうとせず、復帰しても調子を崩しやすく、やっぱり会社は理解してくれない…などと訴えたりします。

 さらに最近は、もともと頑張れない、ストレスへの耐性があまりにも低くて適応できない、世間の厳しさと向き合えないといった人たちにも出会うことがあります。

 ―さまざまなうつ病の人たちには、どう接すればいいでしょうか。

 今までと変わらず、自然な態度でいてください。繰り返し状態を尋ねたり、圧迫感のあるような気遣いをするのはいけません。うつ病の部下に上司が毎日電話し、「大丈夫か。ゆっくり休めよ」と言うと、かえってストレスになるでしょう。うつ病を経験したアナウンサー小川宏さん(故人)が言っていたように「温かい無関心」で、少し距離をとって見守るのがいいでしょう。

 ―ご自身はどのようにストレスに対処しておられますか。また、今後の抱負をお聞かせください。

 心の病はストレスだけでなく、ライフイベント、例えば身内の不幸や、家族のおめでたいことが誘因になる場合もあります。ライフイベントは避けられないものですが、心の健康を保つため、私自身、仕事のオンとオフの切り替えをはっきりしようと心掛けています。

 検査法も治療法も絶えず新しい知見が出てきますから、大学病院として、さらに診療の幅を広げようと考えています。教育機関という面では、医師を志す若い学生や研修医たちにとって、心地よい研修の場でありたいと思っています。

 いしはら・たけし 倉敷市出身。岡山芳泉高校、岡山大学医学部卒。岡山大学大学院修了。医学博士。ペンシルベニア大学神経変性疾患研究所研究員、岡山大学病院講師などを経て、2011年から川崎医科大学精神科学教授、川崎医科大学附属川崎病院心療科部長。精神保健指定医、日本認知症学会専門医・指導医など。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2018年07月02日 更新)

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