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(1)手術の安全性向上 天和会松田病院理事長・院長 松田忠和

グラフ

CT写真

手術侵襲の比較

肝切除術の進歩

松田忠和理事長

 このたびの西日本豪雨では多数の方々が被災されました。私の病院の関係でも、職員の家が被災し、患者さんたちも多数被災されています。お見舞い申し上げるとともに一日も早い復興をお祈りします。

 さて最近、肝臓専門医の間で肝細胞がんの症例が減ったという話をよく聞きます(グラフ参照)。肝細胞がんの原因の多くを占めてきたC型肝炎が、ウイルスを直接駆除できる新薬(直接作用型抗ウイルス剤=DAA)の出現で、完治するようになったことが大きく影響していると思われます。

 ところが、当院では治療の必要な肝細胞がんの症例は決して減っていません。今も驚くほど巨大な、直径10センチ以上ある肝細胞がんの患者さんが初診で来院されることが珍しくないのです(CT写真参照)。

 多くの専門の先生方は大病院で分業化した中で診療されており、私のような町場の開業医とは診療する患者さんの様相が異なるように思われます。肝炎対策基本法に基づく十分な国の援助があるにもかかわらず、まだまだC型肝炎患者さんの掘り起こしが完全にできていないのではないでしょうか。

 もちろんウイルス肝炎を治療し、肝細胞がんにならないようにするのが一番ですが、がんになってしまっても、肝臓の中にとどまる限り、手を尽くせば比較的制御しやすいがんだと私は考えています。今回のシリーズでは、肝細胞がんの現在の標準治療について概説するとともに、治療法の進歩について述べてみたいと思います。

 日本肝臓学会の診療ガイドラインに治療アルゴリズムが掲載されています(図参照)。Child(チャイルド)―Pugh(ピュー)は肝障害の程度を表す指標でCが最も重度です。このチャートでも分かるように、肝細胞がんの標準治療の第一は、可能であれば切除手術であることは今も変わりません。

 ただ、次の機会に述べますが、カテーテルや薬剤による治療も長足の進歩を遂げています。それでもなぜ切除がいまだに治療の主役であり続けるのかと言えば、以前と比較して手術の安全性が大きく向上したからです。

 術前の精密な3次元画像診断が可能となり、切除ラインや切除量が正確に把握できるようになりました。また、手術中の麻酔管理が進歩し、中心静脈圧のコントロールにより、出血量が大きく減ってきました。肝臓から流れ出る下大静脈の圧を低くできれば、肝臓を離断する時の静脈からの出血が少なくて済むのです。

 止血を図るための機械(エネルギーデバイス)も進化しました。当院での手術例でも、手術侵襲の比較に示すように、手術時間の短縮、出血量の大幅な減少が進み、患者さんの体への侵襲が大幅に軽減されました。さらに最近、腹腔鏡(ふくくうきょう)による肝切除術も導入され、より低侵襲の手術が行われるようになってきています。

 40年前にわれわれが岡山大学で肝臓外科に手を染めた頃は、大きな肝切除ではしばしば術後早期に患者さんを失う例があり、多くの患者さんは手術が無事に終了しても、集中治療室で人工呼吸器につながれるといった状態でした。

 現在ではERAS(Enhanced Recovery After Surgeryの略で、1999年頃から北欧で提唱された術後の早期回復を目指すプログラム)に沿って、術後は麻酔覚醒から3時間で飲水を可能とし、理学療法士による床上リハビリを行い、翌朝から食事や歩行も始めてもらいます。

 これらの進歩に伴い、肝切除は特殊な手術から、トレーニングを積んだ消化器外科医なら誰でも行える技術となってきています。

 私が肝臓外科の進歩とともに外科医生活を送ってこられたのは幸せでした。後進を育て、自らの技術をさらに完成度の高いものとするため、研さんを積んでいきたいと思っています。

     ◇

 天和会松田病院(086―422―3550)

 まつだ・ただかず 倉敷青陵高校、岡山大学医学部卒。水島第一病院勤務などを経て同学部第一外科助手を務め、1985年から天和会松田病院に勤務、2004年に理事長・院長就任。09年に日本対がん協会岡山県支部長感謝状、松岡良明賞受賞。日本肝臓学会肝臓専門医、日本肝胆膵外科学会高度技能指導医、日本消化器外科学会消化器外科指導医など。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2018年09月03日 更新)

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