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(3)薬物療法について 天和会松田病院理事長・院長 松田忠和

 これまで肝細胞がんに対する手術療法とカテーテル治療についてご説明しました。最終回は薬物療法について述べてみたいと思います。

 近年、消化器がんの領域では、全身化学療法(注射や内服による抗がん剤治療)の目覚ましい進歩で、切除不能だった大腸がんなどの肝転移が全身化学療法後に切除できるようになってきた一方、肝細胞がんに対する全身化学療法は標準治療がなく、全身化学療法で全生存期間を改善させたというエビデンス(証拠)もありませんでした。

 これは、肝細胞がんでは多剤耐性遺伝子が過剰発現している(=抗がん剤を効きにくくする遺伝子がたくさんある)ことや、肝細胞がんはもともと抗がん剤を解毒する臓器である肝臓の障害がベースとなって発症しているため、適切な用量の抗がん剤を投与することが困難な場合が多いことが原因と考えられています。

 そのため、近年まで全身化学療法は肝がん診療ガイドラインでも大きく取り上げられず、局所治療の効果がなかったり、肺、骨などへ遠隔転移していたりする症例を対象として、あまり有効性を期待しないで行われてきたのが実情でした。しかし9年前、分子標的薬ソラフェニブ(ネクサバール)がやっと肝細胞がんにも使えるようになり、治療が変わりつつあります。

 分子標的薬はがん細胞の表面にあるタンパク質や遺伝子を標的として、効率よく攻撃します。従来型の抗がん剤の多くは、がん細胞だけでなく正常な細胞も攻撃してしまうので、重い副作用が出ることも少なくありませんでした。分子標的薬は正常細胞を攻撃することが少なく、がん細胞の増殖に関わる特定の分子だけを狙い撃ちするため、副作用も大きく軽減されます。

 世界で初めて開発された分子標的薬は、1998年にアメリカで乳がんの再発治療薬として開発されたトラスツズマブ(販売名ハーセプチン)でした。その後、白血病の治療薬イマチニブ(グリベック)が2001年に承認されました。さらに急増している大腸がんに対し、2006年以降ベバシズマブ(アバスチン)、セツキシマブ(アービタックス)などの分子標的薬が次々に開発され、組み合わせる抗がん剤の改良もあり、大きく予後が改善しました。

 肝細胞がんでもソラフェニブへの期待が膨らみましたが、当初、神奈川県内の多施設共同研究では総投与期間1・7カ月、無増悪(がんが進行しない)期間2・9カ月、全生存期間8・1カ月という結果で、20%以上の症例に重大な有害事象が発生しました。当院でも、遠隔転移のある患者さんに使ったところ、強い副作用が出現し、到底使用に耐えないと思われました。

 しかしその後、国立がん研究センター東病院や岡山大学病院をはじめとする症例数の多い施設で「チームネクサバール」という多職種協働のチームが立ち上がり、円滑な治療導入と細やかな患者支援が行われるようになりました。当院でも徐々に長期投与が可能となってきています。

 さらに最近になり、レゴラフェニブ(スチバーガ)やレンバチニブ(レンビマ)といった肝細胞がんに対する新たな分子標的薬が承認され、その有効性が学会などで報告されています。

 国立がん研究センターの研究開発費などで運営されているJCOG(日本臨床腫瘍研究グループ)は、今年6月の時点で計画している臨床試験などをまとめた治療開発マップ(表参照)を発表しています。今後、肝外転移のある進行肝細胞がんの患者さんに対し、手術やカテーテル治療と全身化学療法を組み合わせ、予後を改善することができるのではないかと、大いに期待しています。

 諦めずに辛抱強く治療すれば、肝細胞がんは長期生存できる可能性があります。患者さんも主治医も投げ出さないことが大事だと考えています。

     ◇

 天和会松田病院(086―422―3550)。

 まつだ・ただかず 倉敷青陵高校、岡山大学医学部卒。水島第一病院勤務などを経て同学部第一外科助手を務め、1985年から天和会松田病院に勤務、2004年に理事長・院長就任。09年に日本対がん協会岡山県支部長感謝状、松岡良明賞受賞。日本肝臓学会肝臓専門医、日本肝胆膵外科学会高度技能指導医、日本消化器外科学会消化器外科指導医など。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2018年10月01日 更新)

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