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乳がんの予防切除受けるべき? 川崎医大病院 冷静にリスク考えて

升野光雄教授

園尾博司病院長

山内泰子准教授

 がんは遺伝子の病気―。そう聞くと、「うちの家族や親戚ががんにかかったことがある。“がん家系”の私にも遺伝するのでは?」と不安になるかもしれない。

 米国の人気女優アンジェリーナ・ジョリーさんが数年前、健康な乳房を両方とも切除したというニュースを覚えているだろうか。ジョリーさんは家族を乳がんで亡くしており、自分の遺伝子を調べると、将来同じように乳がんを発症するリスクが高いことが分かった。切除手術はその予防が目的だった。

 だが「ほとんどのがんは遺伝しない」。川崎医科大学附属病院遺伝診療部副部長の升野光雄・川崎医療福祉大学教授(臨床遺伝専門医・指導医)はそう話す。

 遺伝が要因となるがんはごく一部。遺伝性乳がんはその中で最もよく知られているが、それでも乳がん全体のうち、遺伝性のものは「約7~10%」にとどまる。遺伝学的検査を受けるかどうかを含め、冷静に考える必要がある。

 遺伝性乳がんの多くは、「BRCA1」と「BRCA2」という遺伝子のいずれかに生まれつき変異がある。ジョリーさんは「BRCA1」に病的変異が見つかった。

 BRCAは細胞ががん化するのを抑える働きをしており、病的変異があれば、その働きが不十分になってがんになりやすい。BRCAの変異がある女性が生涯に乳がんになるリスクは、正常な女性の6~12倍とされ、卵巣がんの発症率も高まる。

 BRCAの変異は親から子へ、性別に関係なく2分の1の確率で受け継がれる。BRCAの変異を持つ男性も乳がんのリスクが上昇し、前立腺がんや膵臓(すいぞう)がんにもなりやすいとされる。

 遺伝性のがんの特徴は、両親から受け継いだ1対の遺伝子(二つ)のうち、片方に病的変異がある(受精卵の段階で)こと。残りの遺伝子にも病的変異が生じた時にがんを発症すると考えられている。生まれつき変異を持っているので、一般のがんよりも若くして発症しやすい。乳がんなら片側の乳房に何個も腫瘍ができたり、発症した側の乳房を切除しても反対側にできたりする。

 BRCAの変異は採血による遺伝学的検査で診断できる。3週間ほどで結果が出る。

 病気に関連する遺伝子の変異(病的変異)が見つかったらどうすればよいのか。「BRCAの変異があっても全員ががんになるわけではない。がんになりやすい“体質”が遺伝するのだと思ってほしい」と升野教授は言う。

 長年にわたって乳がんを診てきた園尾博司病院長は「ジョリーさんのように予防的に切除手術を受ければ、確かに発症リスクは激減する」と説明する。

 もちろん、切除手術を受けないという選択も尊重される。園尾病院長はその場合、「発症リスクが高いため、定期的な検診が欠かせない」とフォローする。

 新たな遺伝性乳がん治療の道も出てきた。今年7月、国内初の遺伝性乳がんに対する分子標的薬「リムパーザ」(一般名オラパリブ)が保険適用となった。BRCAの変異があるがんを細胞死に導く、新しい作用のある薬だが、今のところ他の化学療法が効かず、手術もできない患者、または再発した患者に限られる。効果を確認した上で、適応拡大が期待される。

 遺伝性乳がんの診療には、遺伝に関する専門的な知識や経験が求められる。川崎医科大学附属病院は遺伝学的検査や診断、治療に適した拠点病院として、4月に「遺伝性乳癌(がん)卵巣癌総合診療基幹施設」の認定を受けた。岡山県内では岡山大学病院を含め2施設だけだ。

 園尾病院長は「遺伝性乳がんに対して診療科や職種を超えたチーム医療体制をつくり、患者さんに安心してもらえる治療に取り組んでいきたい」と話す。

認定遺伝カウンセラー 医師と別の立場で援助

 遺伝性のがんは本人だけの問題ではない。遺伝子の変異が子孫に伝わる可能性がある。

 血縁者にどう説明すればいいのか…。遺伝性乳がんの場合、乳房の予防切除手術を受けた方がいいのか…。不安や疑問を持つ患者・家族に科学的根拠に基づく情報を分かりやすく伝え、治療の選択をサポートする専門職「認定遺伝カウンセラー」がいる。

 認定遺伝カウンセラーは、臨床遺伝専門医と連携しながらも独立した立場にある。日本認定遺伝カウンセラー協会副理事長を務める山内泰子・川崎医療福祉大学医療福祉学部准教授は「私たちは患者・家族の権利を最優先に、場合によっては医師とは別の立場から、どうするのがいいのか一緒になって考える」と強調する。

 川崎医科大学附属病院では、山内准教授を含む2人の認定遺伝カウンセラーが遺伝カウンセリングを担当する。1回1~2時間程度、じっくり時間をかけて疑問や相談者の気持ちを聴き、がんの遺伝学的検査や予防・治療法などについて説明する。「検査を受けるかどうかは、本人が納得して決断することが大切」と山内准教授は言う。

 認定遺伝カウンセラーのカリキュラムを学ぶ養成課程は全国15の大学院に開設され、中国四国地方では唯一、川崎医療福祉大学大学院にある。認定試験に合格した資格取得者は全国226人、岡山県内3人。がんゲノム医療の普及とともに、今後さらに役割は重要になる。

 山内准教授は「遺伝に関するさまざまな相談に対応する。気になることがあれば、ちゅうちょせず連絡してほしい」と呼び掛ける。

 ■川崎医科大学附属病院(倉敷市松島、086―462―1111) 遺伝診療部では遺伝カウンセリングを木曜日午後、完全予約制で行っている。医療保険は適用されず、料金(初回7560円、2回目以降2160円)は全額自己負担となる。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2018年11月19日 更新)

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