第2部 「いのち」と向き合う (2) 痛み 個々に対処 心も和らぐ

岡山済生会総合病院緩和ケア病棟のカンファレンス。患者の苦痛や悩みを情報共有してケアにあたる

 緩和ケア病棟からはJR岡山駅周辺の市街地がよく見える。岡山済生会総合病院(岡山市北区伊福町)の9階。昨年11月中旬、広畑清子さん(60)=仮名=は穏やかな表情で振り返った。

 「ここへ来た時はもう、どん底だったんですよ」

 2年前に血液のがんである悪性リンパ腫が再発。市内の別の病院で抗がん剤や放射線治療を受けた。だが、肺に転移が見つかり、血液をつくる骨髄の機能も落ちてしまった。

 「もう治療法がありません」。昨年9月、主治医の“宣告”を受け、勧められたのが緩和ケアだった。

 希望が絶たれ、残ったのは「体がぼろぼろになるまで頑張ったのに…」という悔しさだけだったという。

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 広畑さんを苦しめた最大のものが耐え難い体の「痛み」。多くのがん患者が直面する。

 緩和ケア病棟に入院した時はがんの痛みに加え、帯状 疱疹 ( ほうしん ) の神経痛にも悩まされていた。耳の後ろから首にかけての激痛に「七転八倒」した。

 病棟の医師は、痛みを緩和する医療用麻薬と抗うつ剤などの鎮痛補助薬を処方してくれた。すると、徐々にではあるが痛みがひいてきた。痛みを気にせずに看護師やボランティアスタッフと会話できるようになると、ふさいでいた心も、しだいに和らいでいった。

 前の病院でも主治医に痛みを訴えた。だが、がんの“治療”以外に興味がないのか、どこがどう痛いか聞かれたこともない。

 そこに、縮めようのない距離を感じた。

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 痛みの緩和が重視されるようになったのは最近のことだ。2007年策定の国のがん対策推進基本計画で、治療の初期段階からの緩和ケアが重点課題に盛り込まれた。

 「がんは痛いのが当たり前」「医療用麻薬は依存症になりやすい」―。これまで医師や患者の側にもこうした思い込みや誤解があった。

 このためか、痛みに効く医療用麻薬の使用量は、わが国は欧米の数分の一。「医師・看護師に対する緩和ケア教育が日本では不足している」と東北大大学院の宮下光令教授(緩和ケア看護学)は指摘する。

 同教授が08年に行った、全国のがん診療連携拠点病院の一般病棟で治療した患者の遺族2560人へのアンケートでも、「苦痛なく過ごせたか」の問いに、「そう思う」「ややそう思う」は合わせて50%にとどまった。

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 「病気の原因を取り除くのが従来の医療。でも、多くの患者は『今のこの痛みをどうにかして』と訴える」。岡山済生会総合病院の石原辰彦緩和ケア担当主任医長(46)が感じるのも治療者と患者のニーズのずれだ。

 がんの終末期患者らをみる「ホスピス」が国内の医療機関でつくられ始めたのは1980年代。岡山県内には現在4病院が設置。外来や在宅で緩和ケアを手掛ける医療機関も増えてきた。

 個々に違う痛みにこまやかに対処する。その姿勢は「医療や看護の原点に近く、特別なものではない」と石原主任医長。

 「前は助けてほしいという願いが届かなかった。今は違う」。そう話していた広畑さんはその2カ月後、1月中旬に静かに息を引き取った。

(2010年02月24日 更新)

※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

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