(6)心臓手術の進歩~安全性の向上と早期回復を目指して 岡山赤十字病院 心臓血管外科部長 中西浩之

人工心肺装置や心筋保護液注入装置などさまざまな機器を駆使し、安全性を確保しながら行われている心臓手術

伊藤新一臨床工学技術課長

 前回(8月5日付)では血管外科治療についてお話ししました。今回は、心臓外科治療の中で「弁膜症」「狭心症」の心臓手術についてお話しします。

 心臓手術は「怖い」「難しそう」「年だから…」。そんなイメージを持つ方は多いのではないでしょうか? しかし近年、心臓手術の技術、成績は飛躍的に向上しています。

 心臓手術は人工心肺装置と心筋保護液の進歩とともに発展してきました。心臓は肺と全身に血液を送るポンプの役割をしています。人工心肺装置とは、心臓手術をしている間、心臓の代わりに全身に血液を送るポンプと、肺の代わりに血液に酸素を加える装置のことです。心筋保護液とは、心臓を止めている間、心臓に障害が起こらないように保護する液で、定期的に心臓に注入されます。これらの進歩により、心臓手術の安全性が確立されました。

 血液は全身から心臓の右側の部屋(右心房・右心室)に戻り、肺に送られ酸素をもらい、心臓の左側の部屋(左心房・左心室)から体のすみずみにまで送り出されます。四つある心臓の部屋の出口には弁がついています=図1。この四つの弁が何らかの原因で壊れた病気が「弁膜症」です。壊れた弁は薬だけでは元に戻りません。弁を治すには手術が必要です。弁膜症の手術は、心臓の中の弁の手術なので、手術中は一時的に人工心肺装置を使用します。手術には、弁を修理する形成術と弁を人工弁にかえる置換術=図2=があります。

 近年、人工心肺装置の進歩や、人工弁の改良によりさらに安全な手術が行えるようになり、回復も早くなりました。弁膜症の症状は、動悸(どうき)・息切れ・めまいがする、疲れやすい等加齢による症状と似ているので、症状が進行してから初めて弁膜症とわかることもあります。心臓エコーで容易に診断可能ですので、不安に思われる方は早めの検査をお勧めします。

 ポンプの働きをしている心臓の筋肉に酸素や栄養を送っているのが、心臓の表面を走る冠動脈という血管です。この冠動脈が動脈硬化などで狭くなり心臓が酸素欠乏に陥る病気が「狭心症」です。最終的に血管が詰まってしまうと、心筋梗塞になり、突然死の原因になることもあります。

 狭心症の手術には二つの方法があります。経皮的冠動脈インターベンション(PCI)治療と冠動脈バイパス手術です。PCI治療とは、先端に風船がついたカテーテルを冠動脈に入れて狭くなった部分を風船で内側から広げる方法です。

 冠動脈バイパス手術=図3=とは、狭くなった冠動脈を迂回(うかい)して新しい血管(グラフト)をバイパスする方法です。この方法はPCI治療が困難な場所や重症な患者さんに対して行います。冠動脈は心臓の表面を走行しており、心臓が拍動している血管に吻合(ふんごう)することは困難なため人工心肺装置を使用し心臓を停止して行っています。

 さらに近年では人工心肺装置を使用せず、心臓を動かした状態で冠動脈バイパス手術(心拍動下冠動脈バイパス)が行われるようになりました。心臓表面に吸着させその部分の心臓の動きを静止する器具(スタビライザー)=図4=や、切開した冠動脈の中の血液を吹き飛ばして視野を確保する器具(炭酸ガスブロワー)などが次々と開発され、心拍動下でも新しい血管を縫い付けることが可能となり、患者さんの負担が軽く、早期回復が実現できるようになりました。

 このように心臓手術の分野は日々発展しています。症状に不安がある方、心臓疾患を指摘された方は、イメージで怖がったり年だからと避けるのではなく、ぜひ専門医に相談して下さい。

心臓手術における体外循環 岡山赤十字病院臨床工学技術課長 伊藤新一

 心臓手術をする際、心臓が動いていると手術することができません(例外もあり、冠動脈バイパス術は心拍動下で行うこともあります)。よって、心臓をいったん止めて手術します。

 手術中は心臓から血液を取り出し、人工肺にて血液を酸素化(血液中に酸素を取り込ませること)したのち、ポンプにより全身に血液を送ります。その間、血液は心臓には入らないため、視野をじゃますることなく、執刀医は悪いところを治療する、といった流れになります。要は、心臓を止めている間「心臓と肺」の機能を代行する装置が人工心肺装置となります。

 付随して、体温調整をするための体温維持装置や、止まっている心臓を保護するための心筋保護液を注入する心筋保護液注入装置、出血した血液を有効利用する自己血回収装置などがあります。こうしたさまざまな装置を同時に使用し、心臓手術の安全性を確保するため、医療機器に関する保守・操作のスペシャリストである私たち臨床工学技士が働いています。

 さらに、体外循環に特化した医療機器の専門家として生まれた資格である体外循環技術認定士も取得した3人体制にて心臓手術をサポートしています。

 心臓血管外科チームの一員として、他科との連携を取りながら、患者さんから安心して任せていただけるよう努めています。

     ◇

 岡山赤十字病院(086―222―8811)。

 なかにし・こうじ 岡山朝日高校、宮崎医科大学(現・宮崎大学)医学部卒。岡山大学病院、香川県立中央病院、広島市民病院、メルボルン王立子供病院、メルボルン大学付属オースチン医療センターなどを経て、2012年6月より岡山赤十字病院勤務。心臓血管外科修練指導医・専門医、日本循環器学会専門医、日本外科学会指導医・専門医、日本胸部外科学会指導医、医学博士。

 いとう・しんいち 川崎医療短期大学医用電子技術科卒。フクダ電子、心臓病センター榊原病院を経て、2013年2月より岡山赤十字病院勤務。臨床工学技士、体外循環技術認定士、川崎医療福祉大学非常勤講師。

(2019年09月02日 更新)

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