“本人の意向”で蘇生や搬送拒否 県内で救急隊困惑 統一指針策定を

一つでも多くの命を救うため、救急車内で蘇生処置の訓練をする岡山市消防局の救急隊。出動先で蘇生や搬送を拒否されるケースが相次ぎ、困惑が広がる

 「『自宅で最期を迎えたい』と本人が望んでいる」などとして、119番で出動した救急隊員が、家族らから心肺が停止した傷病者の蘇生処置や搬送を拒否されるケースが岡山県内で相次ぎ、各地域の消防本部に困惑が広がっている。拒否された際にどうするかという法的な規定はなく、県は年度内にも一定の指針を打ち出したい考えだ。

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 「家族から余計な処置をするなと言われ、無力感に襲われた」「緊迫した現場で、本人の意向かどうかを確かめるのは難しい」

 昨年11月下旬、岡山市で開かれた県内の医療関係者らによる研究集会。参加した救急隊員たちからは蘇生や搬送の拒否に対する戸惑いや葛藤が打ち明けられた。

 県内の消防本部によると、隊員がこれまでに拒否された経験があるとしたのは12本部。全14本部の85%に上る。岡山市消防局では2019年(12月26日時点)、本人が事前に書面などで蘇生を望まない意思表示をしていたケースが13件あったといい、「家族らから口頭で伝えられた事例を含めればさらに増える」。

慌てて119番

 終末期に自身が受けたい医療やケアを家族や医師らと事前に話し合っておく「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」の取り組みが関心を集める。

 希望には、心肺停止状態になったら蘇生処置をしてほしくない―という選択も含まれる。「DNAR(蘇生の不実施)」と呼ばれ、自宅や入居する施設で医師らによるみとりが行われることになるが、現実には容体急変に動転した家族や本人の意向を知らない親族らが慌てて119番するケースも少なくない。

 消防法や消防組織法は「傷病者の適切な搬送」を消防の任務に定めており、心肺停止の傷病者がいれば救急隊員は蘇生と搬送をするのが務めだ。拒否時の規定はなく、全国的に隊員が対応に苦慮する中、国は専門組織を立ち上げて議論したが、実態把握が不十分だとして昨年7月、統一方針の策定を見送った。

 このため、東京消防庁は医師の指示などを条件に蘇生や搬送の中止を認める独自ルールを策定して今月から運用を始めるなど、自治体によって対応が異なる事態となっている。

異なる実情

 県内には地域の救急搬送体制を検討するため、エリアの消防本部や医療機関などでつくる県南東部、備中、美作の各協議会が設けられている。このうち県南東部(岡山、玉野、赤磐、瀬戸内、東備の5消防本部)は昨年10月、「拒否の申し出があっても、消防の法的任務を十分に説明した上で処置を継続して搬送する」よう申し合わせた。

 残る二つの協議会でも検討が進むが、実際の救急では協議会のエリアを越えた搬送もあるため、上部組織の事務局を務める県消防保安課は「県内での統一的な見解は必要。年度内にも示したい」とする。

 高齢化が進むとともに終末期の在り方はますます多様化し、DNARを選択する人も増えると予想されている。救急現場には、本人が蘇生を希望していなくても家族らが納得しない場合などトラブルも増加するとの懸念が広がっており、早期の法的整備を求める意見も根強い。

 岡山大大学院の中尾篤典教授(救急医学)は「地域や傷病者によって実情は異なり、ルールを作って当てはめればよいというものではない。ACPなどを通し、社会全体で生や死についての議論を深めていくことが必要だ」としている。

(2020年01月03日 更新)

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