がん患者の復職支援で成果 岡山ろうさい病院の両立支援チーム

多職種が連携し、一人一人の患者に合わせた復職支援計画を立てている岡山ろうさい病院の両立支援チーム

豊田章宏・中国労災病院センター所長

 仕事を諦める前に声を掛けて―。がんや脳卒中など長い治療・療養期間を要する疾患にかかると、勤めていた会社を辞めたり、自営の店を畳んでしまったりする人が少なくない。しかし、体調に合わせて仕事の内容や勤務時間を柔軟に対応し、外来治療の受診日も調整するなどの配慮があれば、多くの患者が治療と仕事を両立させることが可能だ。岡山ろうさい病院(岡山市南区築港緑町)は専門チームで両立支援に取り組み、がん患者の復職支援で成果を上げている。ただ、患者側から相談を持ちかけられることは少なく、「医療機関でも仕事の相談ができることを知ってほしい」と呼び掛けている。

 岡山ろうさい病院では、外科医、看護師、医療ソーシャルワーカー(MSW)ら7人がチームを組み、2014年度から両立支援のモデル事業を実施している。昨年末までに支援したがん患者は36人。大腸がんが最も多く、胃、肝臓、膵臓(すいぞう)など消化器系のがん患者が大半。男性が28人を占めている。

 支援を始めるのは、手術などの大きな治療が終わり、退院に向けて今後の治療方針を定める時期。同意を得た患者と面談して支援計画書をまとめる。患者には、抗がん剤治療中に「食欲不振やしびれ、手足の痛みなどが起こる可能性がある」などと副作用の情報を示す。また、勤務先に対して「制限はないので、無理をさせない程度で見守って」といった留意事項を記入しておく。計画書は患者に渡し、納得した上で職場に提出してもらう。

 患者との橋渡し役を務めるのが両立支援コーディネーター。同病院のチームでは、がん看護専門看護師の坂井淳恵さんや他の看護師、ソーシャルワーカーがコーディネーター研修を修了しており、患者が自身の状態をどう職場に伝えればよいかなどアドバイスする。

 復職しやすいよう、できるだけ治療のために休暇を費やさなくてよい方法も考える。例えば、抗がん剤の点滴を留置して2日後に針を抜くために来院しなければならない患者の場合、針を抜くのが土曜、日曜になるよう治療日を調整した。

 経済的な問題を相談されることもある。医療費の自己負担額に上限を設ける制度を利用しても、支払いが厳しいという人もいる。高額な抗がん剤投与の間隔を変更できないか、主治医に検討を求めることもある。

 最初の計画書にとどまらず、退院後3カ月、半年といった時期にも面談し、新たな問題や悩みが出てきていないか、フォローアップを重ねている。

 復職する患者を中心に、医療機関とコーディネーター、職場が「トライアングル型」で支援するのが理想だが、現状ではまだ連携は進んでいない。チームの石崎雅浩・消化器病センター長は「こちらで作成した計画書を確認して、事業者にも復帰支援プランをつくってもらいたいが、コミュニケーションがとれていない」と課題を口にする。

 多くの医療機関が両立支援の相談窓口を設けている。岡山ろうさい病院でも、70歳以下で雇用先を持つ患者全員に、主治医を通じて両立支援を説明するパンフレットを渡し、周知に努める。チームは「その時点では必要ないと思っていても、病院で相談できることを覚えておいてもらえればいい」と期待している。

「治療と仕事 バランス鍵」 豊田章宏・中国労災病院センター所長

 中国地方では、中国労災病院(呉市)に治療就労両立支援センターが置かれ、モデル事業の中核施設になっている。昨年12月、岡山市で開かれた両立支援セミナー(岡山労働局主催)で講演した豊田章宏・同センター所長は「両立支援はワーク・ライフ・バランスを実践する働き方改革の一環」と訴えた。要旨を紹介する。

     ◇

 両立支援とは、病気になっても働かせるというのではなく、病気になっても働く意欲のある方に働いていただくこと。もちろん百パーセントの力を出せない場合もあるので、配慮が必要になる。

 糖尿病では、定期的に外来を受診すれば病気をコントロールでき、仕事も続けられるはず。ところが、忙しくて治療に行けないと、どんどん血糖が高くなり、網膜症になったり人工透析を受けるようになったりする。治療と仕事のバランスやワーク・ライフ・バランスが鍵になる。

 自分が病気にならないうちは、両立支援はひとごとのような気がするだろう。しかし、定年が延長され、年金支給も先送りされると、働かざるを得ない。年をとるほどいろんな病気になる。今まで以上に、高齢者が安心して働ける環境づくりが求められる。

 病気は突然やってくる。職場に復帰するまでに長い時間がかかる。治療しながら働く人にとって、時間も報酬の一つだと考えてほしい。両立支援では、給料だけでなく、時間も大きな要素になる。

 職場に戻ったのに、すぐに辞めてしまう方もいる。復職率の数字より、その後の定着率を上げることを重視してほしい。本人と一緒に病状を聞いて、復職に向けてどういった手続きが必要か、会社と話を進めるためのアドバイスができるコーディネーターがいれば心強い。本人に成り代わる代理人ではない。

 両立支援がなぜできないのか、経営者がためらう理由には、規定の時間に帰すことができない▽職場の負担感が増して不満となる▽責任ある仕事を任せることをちゅうちょする―など、管理者の都合が挙がる。マネジメントの問題であり、働き方改革といっても、本当は働かせ方改革が必要なのだろう。

 がん患者の両立支援に対しては、2018年度から診療報酬がついた。主治医と職場の産業医がやり取りをしないと算定されない。縦割りをなくして支援するという意味だと思う。

 労働者健康安全機構が一生懸命コーディネーターを養成している。研修受講者へのアンケートでは、患者(労働者)と接する機会がないという回答が目立ち、窓口があっても患者に見えていないことが分かる。

 政府は07年に「ワーク・ライフ・バランス憲章」を定めたのに、遅々として取り組みは進んでいない。方法論がなかったからだ。両立支援のために柔軟な働き方ができないか、経営者と労働者でちゃんと議論したことがありますか。ぜひ一度、話し合いをしてもらいたい。

 両立支援コーディネーター 厚生労働省所管の労働者健康安全機構が2015年度から研修を実施し、資格認定している。当初は全国の労災病院の医療・看護職が中心だったが、門戸を広げ、他の医療機関職員や企業の産業保健スタッフ、社会保険労務士、行政担当者らも受講できるようになった。研修では、労務管理やコミュニケーションスキル、がん患者の体験談などを学ぶ。昨年末までに全国3915人が修了した。

両立支援相談窓口

 がんなど長期にわたる治療を必要とする病気にかかり、職場にどう伝えればよいか、休職や復職の手続きなどに悩んでいる人に対し、岡山県内でも各医療機関が相談窓口を設けている。

 医療ソーシャルワーカーと岡山産業保健総合支援センター(岡山市北区下石井)の両立支援促進員(社会保険労務士)が連携し、無料で相談が受けられる。主な医療機関の連絡先はの通り。

(2020年03月02日 更新)

※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

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