(1)高齢者の骨盤骨折に対するコンピューター支援小侵襲手術 国立病院機構岡山医療センター 整形外科・リハビリテーション科医長 塩田直史

塩田直史氏

 骨盤の骨折は、交通事故や高所から墜落するような激しい外傷(高エネルギー外傷)によるものと、加齢から骨が弱くなる骨粗鬆症(こつそしょうしょう)をもとに軽微な転倒(尻もちや原因不明なこともある)で発生する二つの原因が知られています。後者は、近年の高齢化からその数が急速に増加しており、脆弱(ぜいじゃく)性骨盤輪骨折と呼ばれ、高エネルギーによる骨盤骨折とは別の病気と考えられるようになっています。

■現状と問題点

 脆弱性骨盤輪骨折は、最初の症状が腰痛や坐骨(ざこつ)神経痛、大腿骨(だいたいこつ)近位部骨折とそっくりであり、骨盤の骨折とは思わないことがあります。しかし、骨折による痛みは強く、起き上がることも、横を向くこともままならないことが多いです。そして病院を受診されても単純レントゲン検査ではわかりづらく、CTもしくはMRIでしか診断できないこともあります。専門医を受診されてはじめて診断される場合が多いのです。

 治療は、かつてはベッド上で安静を保つ保存的治療でした。しかし1カ月以上もベッド上で安静にすると、骨は癒合するものの、筋力の低下から歩けなくなることもあります。そこで近年では、移動能力を維持するため、早期離床・歩行訓練が行える手術治療も選択されるようになりました。

■より小侵襲で正確なコンピューター支援手術へ

 手術治療を行うことで早期から動けるといっても、体に負担が大きい手術では、体力が落ちている高齢者には行えません。かつて骨盤骨折の手術は、数十センチに及ぶ切開をおこない、骨盤の深部まで展開するため、大きな侵襲を伴うことが通常でした。

 現在当院では、脆弱性骨盤輪骨折に対しては、手術中にコンピューター支援技術を駆使し、3次元CT画像を撮影可能なレントゲン透視装置や、医療用ナビゲーションシステム(レントゲンを出さずにより正確な手術が可能な装置)を組み合わせて使用しております。

 これらを駆使することで、患者さんは1センチの切開を5カ所行うだけで手術が可能です。さらに従来法より手術精度は高まり、合併症低減にも成功しております。出血もごくわずかで、ほとんどは下半身麻酔でできます。手術時間もかつては数時間かかっていたものが、30分から1時間で終わります。かつては熟練を重ねたベテラン骨折専門医でも難易度が高かった手術ですが、今までは経験が少ない若手医師でも短時間に高精度で行えるようになりました。

■小侵襲手術治療により元の歩行能力へ

 現在の手術方法だと、小侵襲なので術翌日から歩行訓練が開始できます。最近の調査だと、術後7日目で約80%の患者さんが独歩・杖(つえ)もしくは老人車で移動可能となっております。保存治療だと7日目ではまだ痛みが強く、約20%の患者さんしか移動訓練すらできませんでした。最終的には、保存治療では64・3%の患者さんしか外出可能なレベルに回復しませんが、小侵襲手術治療だと92・9%の患者さんが、元の外出可能な歩行能力に回復します=グラフ。

■おわりに

 今後、脆弱性骨盤輪骨折をはじめとした高齢者骨折は、増加の一途と予想されております。数日間寝たきりになるだけで、筋力は著しく低下します。われわれは、患者さんにとって負担が少なく、より確実に元の生活に復帰可能な治療を提供していきたいと考えております。これらコンピューター支援技術や最新機器を駆使した小侵襲骨折手術を、さらに発展・拡大していくことで、岡山県、さらには日本の医療の発展につながれば幸いです。

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 国立病院機構岡山医療センター(086―294―9911)

 しおた・なおふみ 岡山一宮高校、香川医科大学医学部卒。岡山大学病院整形外科から研修し、2006年より岡山医療センター整形外科勤務。15年より同医長。日本整形外科学会専門医。日本骨折治療学会評議員、AO Trauma Japan教育委員、日本Computer Assisted Orthopaedic Surgery世話人。

(2020年03月17日 更新)

※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

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