耳鳴り 川崎医科大学総合医療センター副院長耳鼻咽喉科部長 秋定健

「耳鳴りは、今では治る病気になってきました」と話す秋定健部長

川崎医科大学総合医療センターの「補聴器・耳鳴り外来」。患者の安心感を引き出すよう、優しく、分かりやすく病気の説明をしている

サウンドジェネレーター

 実際には音はしていないのに「キーン」「ザー」などと頭の中で響き続ける耳鳴り。一日中気になってイライラが募ったり、長期にわたって精神的な苦痛を感じている人は少なくない。なのに、その苦しみは他人にはなかなか分かってもらえず、医療機関を受診しても「原因不明」とされ、十分な治療が受けられないことも少なくなかった。しかし、近年になって発生のメカニズムに対する研究が進み、TRT(耳鳴り再訓練療法)といった新たな治療法も開発され、症状改善への期待が膨らんでいる。

原因不明で精神的苦痛 今では治る病気へ

 「耳鳴りがつらいのは、一日中鳴りやまないこと。うつ状態になって『絶望的な気持ちになる』『死んでしまいたい』と漏らす患者さんは少なくありません」

 川崎医科大学総合医療センター(岡山市北区中山下)耳鼻咽喉科の秋定健部長はそう話す。日本聴覚医学会の「耳鳴診療ガイドライン」によると、耳鳴りの有病率は10~15%。そのうち生活に支障があって治療が必要なのは20%で、国民の約300万人が耳鳴りによる苦痛を訴えている。

 同センターは患者の要望に応えようと、2011年6月に専門外来「補聴器・耳鳴り外来」を開設。以降、延べ約1万3千人の患者の治療に携わってきた。毎週木曜の診療日には岡山県内外から50人前後が訪れる。その症状はさまざまだが、深刻なケースでは、工事現場や運転中のトラックの騒音と同程度と考えられる耳鳴りもあるという。

■脳の過剰反応

 秋定部長によると、耳鳴りの最も大きな要因は「加齢」だという。程度の差はあるが難聴を伴っているため、患者のほとんどは音を聞く仕組みに問題がある内耳性の耳鳴りだ。内耳の中にあって音を電気信号に変える蝸牛(かぎゅう)、蝸牛から脳につながる神経経路、脳の聴覚中枢、この3段階のいずれかに異常があって耳鳴りは起きている。

 その発生メカニズムは、現在「中枢発生説」が主流となっている。難聴などのため音が聞こえにくくなると、聴神経を伝わる音声の電気信号も少なくなり、それを補おうと脳の聴覚中枢が過度に反応する。「『音が入って来ない』『どうしたんだ』と、いわば脳が危険信号を発している。それが耳鳴りになっている」。秋定部長は患者にそう説明している。

 つまり、ストレス状態にある脳の過剰反応が作り出しているのが耳鳴りだ。気になるがゆえに大きく聞こえ、不快感や不安感を募らせることで、さらに大きく感じてしまうという悪循環に陥っている。

■7割以上が改善

 欧米で始まったTRTは「順応療法」とも言われ、国内でも10年ほど前から徐々に普及している。耳鳴りを他の音でまぎれさせて脳の警戒感を取り払い、「気にならない音」にすることで悪循環を断ち切り、苦痛の軽減を図る。

 治療は、補聴器のような形のサウンドジェネレーター(SG)を日中、片耳に装着することと、カウンセリングによって行われる。SGから聞こえる、耳鳴りに似ているが、それよりは小さい人工音で耳鳴りを聞き分けにくくし、脳が注意を向けなくなるよう時間をかけて習慣づける。カウンセリングでは耳鳴りのメカニズムや心理的な要素が症状に与える影響などを知り、その克服可能性を学ぶ。治療の効果が出るまで「最低でも半年」はかかるというが、「患者さんの7割以上が症状の改善を実感している」と秋定部長。

 併せて薬物療法も行い、末梢神経の機能を元気にするビタミンB12製剤や血流の循環改善剤のほか、「釣藤散(ちょうとうさん)」「牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)」などの漢方薬も処方。「補聴器・耳鳴り外来」では、症状を見極めた根気強い治療で、耳鳴りの解消を目指している。

音が聞こえる仕組み

 耳は「外耳」「中耳」「内耳」の三つに分けられる。中耳には「ツチ」「キヌタ」「アブミ」の三つの耳小骨が鼓膜と内耳との間に橋のように架かっていて、音を増幅する働きがある。内耳には聴覚に関わる蝸牛と平衡感覚をつかさどる半規管などがあり、内部はリンパ液で満たされている。

 音は内耳に達するとリンパ液の中を波のように伝わっていく。カタツムリのような形の蝸牛の中には音を感受する約1万5000個の有毛細胞が並んでいて、細胞それぞれに担当する音の高さ(周波数帯)が決まっている。有毛細胞はリンパ液の震動を電気信号に変換。聴神経を通じて脳の聴覚中枢に伝えることで、音を聞き取ることができる。

(2020年03月17日 更新)

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