ダビンチによる直腸がん手術 川崎医科大学総合医療センター 浦上淳外科部長(川崎医科大学総合外科学特任教授)

浦上淳外科部長

ダビンチによる手術の映像。アームに取り付けた鉗子が直腸の下部(肛門に近い部分)の前壁を剥離している

鮮明な画像「切るべきライン分かる」

 モニター画面に大きく映し出された直腸周辺の組織を3本の鉗子(かんし)がより分け、奥へと進んでいく。傷付けてはいけない神経や血管は確実に避ける。鉗子の先端部分は上下左右に自在に動き、組織をつまんで切ったり、かき出したり、止血に有効な電気メスの機能もある。

 最新型の手術支援ロボット「ダビンチ」の録画映像を見ながら、川崎医科大学総合医療センター外科部長の浦上淳医師は言う。

 「ダビンチの最大の特長は、ぶれることのない安定した鉗子の動きと3Dカメラの鮮明な立体映像だ。組織の微細な構造まで映し出せるので、とりわけ精緻な技術が要求される直腸がんでも安心して手術ができる」

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 ダビンチでは、医師は手術台から少し離れたコンソールに座り、さまざまな機能を持った鉗子を取り付けた3本のロボットアーム(直径8ミリ)と3Dカメラを遠隔操作して執刀する。

 同センターがダビンチを導入したのは2016年6月。当初は主に前立腺がんの手術を担ってきたが、18年8月からは、直腸がんの切除術を臨床治験として始めた。その責任者が浦上医師だ。長年にわたる腹腔(ふくくう)鏡手術の実績を生かし、同年1月から医師、看護師、臨床工学技士でチームを結成。先進事例の見学やシミュレーションを積み重ね、学会の資格も取得するなど準備を進めてきた。今年4月からは、症例数の基準に達したことから保険診療で行えるようになった。

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 直腸は、こぶし大ほどの骨盤の閉鎖領域の一番奥にあり、周りを膀胱(ぼうこう)や前立腺などの泌尿器、子宮などの生殖器に囲まれている。近くには排尿や排便、性機能に深く関わる自律神経があり、その手術には排便・排尿機能、性機能の温存といった技術的な課題があった。その点、ダビンチでは肉眼以上に鮮明な画像が得られ、「神経や血管を傷付けない切るべきラインが見える、というより分かる」。浦上医師は、これまで20例以上の直腸がん手術をこなしたが、いずれも術後の経過は良好という。

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 日々手術室の最前線に立つ浦上医師は、もともとは肝臓、膵臓(すいぞう)がんの専門家。1999年に川崎医科大学附属病院に赴任し、20年以上にわたって消化器外科の現場をけん引している。当時は肝胆膵の開腹手術は時間がかかって術後の合併症も多く、いかに患者負担を減らすかに注力した。

 国内では2000年ごろから腹や胸に大きな傷をつけるのではなく、いくつか開けた小さな穴からカメラや鉗子を入れる腹腔鏡手術が普及し始めた。浦上医師も胆のうや膵臓、大腸などの腹腔鏡手術を数多く手がけ、これまでに2千例を超えている。

 腹腔鏡手術は、傷口が小さく早期の社会復帰が期待できるなどメリットは大きい。しかし、体内の奥深くに差し込まれた棒状の鉗子は動きに制限がある上、手ぶれが増幅されるため神経や血管を傷付けてしまう危険性があった。カメラも手持ちで安定性に欠けるため、熟練が必要だった。ダビンチは、浦上医師が研さんを積んだ腹腔鏡の延長線上にあり、その欠点を補うべく米国で開発された。

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 浦上医師は今後、ダビンチなどロボットによる手術が「標準」になると予測する。米国ではダビンチを複数備える病院は少なくない。国内では、導入している病院は費用が高額なこともあって限られてはいるが、普及を目指して国産ロボット開発も進められている。今年4月からは、従来の胃がんや食道がん、肺がん、直腸がんなどに加え、膵臓がんなどにも保険適用は広がった。

 膵臓がんは浦上医師の専門領域でもあるが、5年生存率が10%程度と、他のがんに比べて極めて低い。生存率を伸ばすには、わずかなミスも許さない、正確でスムーズな手術が欠かせないと浦上医師は確信。すい臓がんのダビンチ手術も視野に入れ、さらなる研さんに励んでいる。

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 川崎医科大学総合医療センター(岡山市北区中山下2の6の1、086―225―2111)

 うらかみ・あつし 津山高校、徳島大学医学部卒。岡山大学病院、住友別子病院、米国ピッツバーグ大学移植外科などを経て1999年から川崎医科大学附属病院、2019年から現職。日本消化器外科学会専門医・指導医、日本肝胆膵外科学会高度技能指導医認定医、日本内視鏡外科学会技術認定医、日本膵臓学会認定指導医など。

(2020年04月20日 更新)

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