女性の泌尿器科疾患 倉敷成人病センター 安東栄一泌尿器科部長

安東栄一泌尿器科部長

女性泌尿器科チームは定期的にカンファレンスを開き、医師と看護師、理学療法士らの連携を保っている

「骨盤臓器脱」手術で軽快、生活の質改善

 意を決して診察室の扉をノックする女性たちがいる。

 「あなただけじゃないんですよ。大丈夫。治ります」

 家族にも言えない不快な症状をずっと我慢し、悩んだ末にたどり着いた女性たちに、安東医師は優しく語りかける。

 女性の骨盤内にある子宮や膀胱(ぼうこう)、直腸といった臓器は、靱帯(じんたい)や膜、筋肉の組織が組み合わさり、ハンモックのように支えている。この支えが不安定になり、臓器が膣(ちつ)に落ち込んでしまうのが「骨盤臓器脱」。排尿や排便のトラブルを伴うことも多い。

 女性の泌尿器科疾患を専門とする医師は全国的にも少ない。安東医師は看護師や理学療法士らとともにチームを編成し、骨盤臓器脱や尿失禁に苦しむ女性たちの相談に乗っている。

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 骨盤臓器脱はお産を経験した女性の4割以上にみられるという報告もある。発症が顕著になるのは60歳代半ばから。女性ホルモンが急激に減り、骨盤周囲の組織が弱ってくるためだ。安東医師が診る患者も65歳以上が多くを占める。

 朝から活動していると、お昼ごろから次第に臓器が垂れ下がってくる。よく気づくのは入浴中。ピンポン球のような臓器が股間に触れる。症状が進むと、旅行や買い物に出かける時にも違和感が続き、家に閉じこもってしまう人もいる。

 初期の段階なら、骨盤臓器を持ち上げるサポーター下着を着用したり、リング(ペッサリー)を膣に入れて支えを補うこともできる。しかし、たいていの患者は何カ月、何年も我慢し、辛抱できなくなって安東医師のもとにたどり着く。「最初から手術をお勧めする方が大半」という。

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 手術法は大きく進歩した。現在はほぼ全ての手術を腹腔鏡(ふくくうきょう)下仙骨膣固定術(LSC)で行っている。膣の前後から包み込むように医療用のメッシュをあてがい、腰椎の先端にある仙骨の膜に縫い付けて固定する。膣の周りにフェンスを立て、弱った支えを補強するイメージだ。

 腹部に約2センチの傷一つと約5ミリの傷三つを開け、細い管状の鉗子(かんし)やカメラなどの器具を入れて操作する。手術時間は2時間半から3時間。翌日には歩行や食事を再開し、入院期間は1週間くらい。痛みが少なく、日常生活に戻るのも早い。2015年以降、この方法で約200件の手術を行い、再手術が1件あったのみ。ほとんどの患者が軽快しているという。

 術後、尿失禁が起こることがある。もともと筋肉が弱って漏れやすくなっていて、臓器が下がって尿道に圧力がかかることで止まっていたのが、手術で元の位置に戻ると顕在化する。そうした人には骨盤底筋を締めたり緩めたりする体操を教え、改善を図っている。

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 「温泉に入れました!」

 退院し、輝くような笑顔で経過を報告する女性たちに、安東医師も顔をほころばせる。グラウンドゴルフを再開したり、バス旅行に出かけたり。「この手術によって、患者さんの生活の質がものすごくよくなる」と手応えを語る。

 倉敷成人病センターに赴任するまで、安東医師は主に男性患者を診察し、がんを中心に手術していた。女性を診るようになったのは顧問の高本均医師(前理事長)の勧めがきっかけだが、今では自身のライフワークになっている。

 「苦しんでいる女性たちは、早く手術を受けたいと望んでいる」。安東医師は新型コロナウイルス感染症への対策を入念に行い、毎月10件前後の手術を続けている。

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 倉敷成人病センター(倉敷市白楽町250、086―422―2111)

 あんどう・えいいち 岡山高校、岡山大学医学部卒、同大学院修了。高知医療センター、岩国医療センター、津山中央病院、岡山赤十字病院を経て、2016年から倉敷成人病センターに勤務。日本泌尿器科学会専門医・指導医、泌尿器腹腔鏡技術認定医、日本感染症学会専門医。

女性泌尿器科チーム 専門職連携しサポート

 骨盤臓器脱や尿失禁は生活のさまざまな場面に支障をもたらす。倉敷成人病センターでは、安東医師ら専門医に加え、看護師、理学療法士、管理栄養士、病院事務の職員がチームを組んで連携し、手術だけでなく、筋力を保つ骨盤底筋体操の普及や生活相談にも積極的に取り組んでいる。

 2018年6月、専門診療科として女性泌尿器科を設けている第一東和会病院(大阪府高槻市)を見学したのがきっかけ。知り合った患者会のキャンペーンに賛同し、倉敷成人病センターでも電話相談を1週間実施すると、次々に深刻な悩みが寄せられた。

 どこに相談すればよいか分からずにいる患者が多いと実感し、講演会の開催も始めた。骨盤臓器脱の原因や治療法を解説し、手術までの受診内容や入院時の過ごし方などを具体的に紹介するのが特徴だ。

 骨盤底筋体操にも力を入れている。美容院でサービスを受ける1~2時間でも、常に尿失禁が心配になる人もおり、理学療法士の柏野三紀子さんは「困っていることが何か尋ね、それに合わせて体操を教えている。症状が改善し、やりたいことができる方も多い」と話す。

 現在は新型コロナウイルス対策で講演会を休止しているが、電話相談は休みなく受け付けている。毎週月~金曜日の午前11時~午後1時、専用電話(090―6844―2111)で対応しており、これまでに約210件の相談があった。担当する看護師の田渕ゆかりさんは「今まで誰にも相談できなかったが、話ができて楽になったという方が多い」と、気軽に電話するよう呼び掛けている。

(2020年06月16日 更新)

※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

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