(3)せん妄への対応 万成病院医師 高橋弘美

高橋弘美医師

 ■治る症状と治らない症状

 「認知症は治るのでしょうか?」。患者さんのご家族からよく聞かれる質問です。

 「治る症状と治らない症状があるんですよ」とお答えしています。

 認知症にはさまざまな症状がありますが、大きく二つに分けられます。中核症状と周辺症状です。

 「中核症状」とは、物忘れ、時間や場所が分からない、言葉や状況が理解できない、物事を適切に処理できない等の症状です。「記憶の仕事をしていた神経細胞が死んでしまったので、記憶ができなくなった」という具合に、神経細胞が死んだことによって起こってきた直接の症状です。神経細胞は基本的には再生しないので、これらの症状は治ることは難しいのです。

 ■周辺症状とは

 もう一つは「周辺症状」といいます。幻覚、妄想、落ち着きのなさ、攻撃性、せん妄、暴言・暴力などです。中核症状があるところに、環境の変化や不眠、不安、身体疾患、薬物などさまざまな要素が加わって起こってくる症状です。

 例えば、物忘れがあって、通帳を置いた場所が分からなくなった時、記憶障害だけなら「そこらじゅうを探し回って困っている」で済みますが、家族間の葛藤を抱えていたりすると「家族が盗んでいった」と妄想を持って家族を攻撃することがあります。どちらかというと周辺症状の方が激しくて、介護する人にとっては困ることが多いのですが、加わっている要素を取り除いたり、薬物療法で改善することができます。

 ■せん妄への対応

 周辺症状の中でも「せん妄」は頻度が多い症状です。日中は穏やかなのに、夕方から夜間になると人が変わったように興奮し、幻覚や妄想が出現し、暴言や暴力がみられるというものです。認知症のある人が、骨折や身体疾患で入院した時によく起こります。看護師さんに暴力を振るったり、点滴を抜いてしまったり、ベッドから転落したりと激しい症状で、一般病棟での対応が困難となります。

 睡眠が改善するように薬を調整し、分かりやすく安心できる環境を整えるだけで、多くの方が数日のうちに改善します。「すっかり治していただいて」と感謝されることもありますが、「せん妄」が良くなったということです。せん妄や妄想などの周辺症状が良くなることで本人や家族の生活は大きく改善します。認知症があってもできる限り住み慣れた地域で生活できる社会を作っていくために、認知症の治る症状と治らない症状を見極めて治療することはとても重要だと思っています。

 ■せん妄が改善して退院となった症例

 アルツハイマー型認知症の70代男性。物忘れが激しく、72歳で軽度認知機能障害と診断されました。73歳の時、不眠が続いてしばらくするうちに幻視が著明になり「電車が通っている。そんなところにおったらひかれるぞ」と興奮して大声で叫ぶようになり、認知症治療病棟に入院となりました。せん妄の診断で薬物調整を行い、睡眠と覚醒のリズムが整うと幻覚や興奮は改善しました。せん妄がなくなると、話もよく通じ、身の回りのことも自分でできるようになりました。ただ、記憶障害は激しく、数分前のことも忘れていました。退院後の環境を整え、現在も自宅で生活されています。

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 万成病院(086―252―2261)

 たかはし・ひろみ 徳島大学医学部卒。慶応義塾大学医学部、徳島大学医学部で勤務した後、1989年から育児のため退職。99年に復職し、松原病院(金沢市)を経て2004年4月から万成病院勤務。

(2020年07月07日 更新)

※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

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