第8回「新型コロナウイルス」 川崎医科大学小児科学准教授・川崎医科大学附属病院感染管理者 大石智洋

大石智洋氏

 新型コロナウイル感染症に対するワクチン接種が、医療従事者に続いて4月から、高齢者を対象に行われる。WHO(世界保健機関)のパンデミック表明から1年を過ぎ、いまだ収束の見通しが立たない中、ワクチン接種は感染対策の“決め手”としての期待がかかる。ただ、国民の多くにまで行き渡るには時間がかかる。発症と重症化を防ぐ効果はあるとされるが、感染を防げるかどうかはよく分かっていない。川崎医科大学小児科学准教授で、川崎医科大学附属病院感染管理者の大石智洋医師に、これまでに分かったウイルスの特徴とワクチンの効果について解説してもらった。

「手ごわいけれど制御は可能」

 昨年は、新型コロナに始まり新型コロナに終わったといっても過言ではない年でした。

 ■1年間に三つの波

 国内で最初に感染者が確認されたのは1月15日、中国・武漢市に滞在歴のある男性でした。2月に横浜港に到着したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」では、乗員乗客約3700人の中から712人の感染者が出ました。そのニュースは連日報道され、大きなインパクトを国民に与えました。

 岡山県で初めての感染者が公表されたのは3月22日のことです。その後も感染者は増え続け、政府は4月16日、全国に「緊急事態宣言」を発令しました。この「第1波」は4月中旬をピークに漸減し、岡山県を含めた多くの県では5月14日に宣言解除となりました。

 岡山県内でクラスターが初めて発生したのは「第2波」が押し寄せた7月中旬。11月以降は「第3波」が起き、今年1月には11都府県に緊急事態宣言が再度発令されたことは記憶に新しいと思います。

 ■特徴

 新型コロナウイルスの最大の特徴は、当初は誰も免疫を持っていないがゆえに感染しやすく、感染しても無症状の人が多いため感染が拡大しやすいことです。同じコロナウイルスであるSARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)の場合、感染するとほとんどの人が発症したため、誰が感染しているのかの判別はそれほど難しくありませんでした。その点、新型の方が感染実態が見えにくく、悪質だと言えます。

 感染経路は、せきやくしゃみ、会話の際に口から飛び散るしぶきなどによる飛沫(ひまつ)感染▽ドアノブやテーブルなど物体を介する接触感染▽空気中を数時間漂うエアロゾル(マイクロ飛沫)による感染です。ですから密閉・密集・密接の「3密」の状態は危険なのです。

 致死率を見ると、60代までは数%ですが70代で10・9%、80代以上では23・0%というように、70代を超えると急上昇します。一方、小児は感染したとしても症状は出にくく、重症化はまれだと言われています。また、インフルエンザと違って夏にも流行しました。これらの点も新型コロナの特徴です。

 後遺症については感染後に体のだるさや息苦しさ、胸が痛いなどの症状が残る患者さんが一定数いることが報告されています。

 ■人と情報の拡散

 これまでの歴史を振り返れば、およそ100年前のスペイン風邪やSARS、MERS、新型インフルエンザなど、世界的な流行を引き起こした感染症は数多くあります。ただ、グローバル化が急速に進む中、感染を媒介する「人」と不安を媒介する「情報」が瞬時に、大量に移動・拡散するようになったことが、新型コロナウイルスによる現在の世界的な混乱を引き起こしていると考えられます。

 新型コロナウイルスは、現代の医療をもってしてもなかなか手ごわい相手であることは確かです。ワクチンは日本でも接種が始まりましたが、治療薬はまだ開発段階にあります。

 ただ、1年前に比べ研究は進んでその正体はほぼ分かってきましたし、医療現場の知識と経験もずいぶん蓄積されました。制御は十分可能だと考えています。

「ワクチン」

 ワクチンとは、接種することで、ある病原体に対する防御システムの「免疫」を体内につくり、その病原体にかかりにくくしたり、かかっても症状を軽くしたりするものです。

 これまでは、病原性を弱くした生ワクチンと感染力をなくした不活化ワクチンの2種類が主にあり、いずれも病原体からつくられています。

 ■mRNAワクチン

 一方、最初に国内輸入されたファイザー・ビオンテック社のmRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンは、病原体ではなく遺伝子から作られた、歴史上初めてのワクチンです。

 mRNAは、生物の活動に欠かせないタンパク質の合成に必要な遺伝情報を持っています。ファイザー社のワクチンは、人工的に作ったmRNAを投与することで体内で新型コロナウイルス特有のタンパク質を合成させ、そのタンパク質に免疫が反応することで発症や重症化を抑制するのです。mRNAワクチンの製造には従来のように病原体の培養は必要なく、遺伝情報さえ分かれば合成できるので、非常にスピーディーな開発が可能だったのです。

 ■有効性と安全性

 ワクチンの有効性については主に発症予防効果が問題となります。ファイザー社のワクチンは、臨床試験で発症に対する有効性が95%とされています。インフルエンザワクチンは高くて60%なので、これは想像を大きく上回る数字です。

 一方、安全性では副反応が問題となります。その多くは接種部位の腫れや痛みですが、これは注射による局所的な反応で、数日で改善します。発熱も10~20%に見られ、特に1回目より2回目の方が起こりやすくなっています。発熱はわれわれの体が免疫を作るための反応なので、ワクチンがよく効いている証拠でもあります。たいていは1日で解熱します。

 なお、まれではありますが、重篤なアレルギー症状であるアナフィラキシーの報告はあります。呼吸が苦しくなったり血圧が下がったりします。多くは15分以内に起こることが知られていて、ワクチン接種後に一定時間、接種会場で様子を見るのはこのためです。これまで重いアレルギー反応を起こしたことがある人は注意が必要です。

 ■油断は大敵

 ただ、ワクチンを接種したからと言って油断はできません。ワクチンに発症と重症化の予防効果があることは示されていますが、感染が防げるかどうかは、まだよく分かっていません。つまり、ワクチンを接種しても無症状の感染者になり、周囲に感染させる可能性はあるわけです。また、一部の変異株ではワクチン効果の減弱も懸念されております。

 ですのでマスク着用と手洗い、「3密」の回避といった基本的な感染予防対策は今後も必要です。

 昨冬から今年にかけて懸念されたインフルエンザと新型コロナウイルスとの同時流行や、乳幼児に気管支炎や肺炎を引き起こすRSウイルスなどの流行が無かったのも、われわれの生活に浸透した感染予防策の成果と言えるでしょう。

(2021年03月17日 更新)

※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

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