難聴の治療 人工内耳手術で根治図る 耳鼻咽喉・頭頸部外科 假谷伸特任教授

假谷伸氏

慢性中耳炎の手術をする假谷特任教授(中)ら=川崎学園提供

診察をする假谷特任教授。赤ちゃんからお年寄りまで幅広い年齢層に向き合う

 音を聞き分ける耳の機能を損なうとQOL(生活の質)は大きく低下する。子どもは言葉の習得の遅れ、高齢者は認知機能の衰えにつながる。両耳がほとんど聞こえない人には人工内耳の手術が唯一の治療法となる。その手術をこれまでに約300件手がけた川崎医科大学付属病院耳鼻咽喉・頭頸(けい)部外科の假谷(かりや)伸特任教授に、難聴の原因や手術方法などを聞いた。

 ―難聴にはどのような原因がありますか。

 新生児は先天性によるものが一番多く、およそ千人に1人の割合で両耳の難聴があるといわれています。もう少し年齢が上がると中耳炎、壮年では突発性難聴やメニエール病などが原因となります。高齢になると、加齢によるものが一般的です。突発性難聴はストレスや過労、基礎疾患などがあると起こりやすいといわれていますが、明確な原因は不明です。加齢性難聴は聴覚神経の衰えが原因です。根本的な予防法はなく、衰えを遅らせるため生活習慣病の予防や治療が大事です。近年はイヤホンやヘッドホンで大音量で音楽を聴くことによる若者の騒音性難聴も世界的に問題になっています。

 ―赤ちゃんの難聴をどのようにして見つけますか。

 生後1週間以内にスクリーニングの聴覚検査をします。簡易検査で難聴の疑いがあるかどうかが分かるので、疑いがあれば定期的に受診し、難聴かどうかの確定診断をします。高度難聴でほとんど音が聞こえていない場合は、言葉の発達を促すためできるだけ早く治療や療育をする必要があります。先天性難聴の原因はほぼ遺伝子異常だと言われていますが、難聴を生じさせる遺伝子は星の数ほど多いものの、保険診療の範囲で調べられるのはごく一部しかなく、遺伝子異常が原因だと確定できないケースが非常に多いのが現実です。

 ―難聴の程度によってどのような対応をしますか。

 40~90デシベルの音が聞こえない人には補聴器を使います。程度が比較的軽く、中耳炎や耳小骨の奇形などが原因の場合は薬物療法に加え、鼓膜形成術、鼓室形成術といった手術を行うこともあります。90デシベルとは耳元でないと大声も聞き取れないレベルで、これが聞こえなければ人工内耳の手術が選択肢となります。

 ―人工内耳の手術方法は。

 4、5日入院して全身麻酔で行います。耳たぶの後ろの皮膚を10センチほど切り、デバイスを埋め込み、蝸牛(かぎゅう)といって耳の中の音を感じる神経に電極を挿入します。本来、音の振動は蝸牛の中の有毛細胞によって電気信号に変換され、脳へ伝えられ初めて音を認識します。その蝸牛の代わりをするのが人工内耳です。手術が始まった約30年前は20センチほど切り、1カ月ほどの入院が必要でしたが、治療が進歩しました。患者の負担が軽くなり、80歳を過ぎても手術ができるようになりました。

 ―手術の難しい点は。

 蝸牛の周りには平衡感覚をつかさどる三半規管や顔の表情をつくる顔面神経、味を感じる鼓索神経という三つの重要な神経が通っており、これを傷つけないように電極を差し込むのが難しいところです。1ミリ以下の手技を伴う繊細な手術になります。手術を受けるのは赤ちゃんと60~70代の人が多く、赤ちゃんには1歳を過ぎてから手術をします。

 ―手術後すぐに音が聞こえるようになりますか。

 電話音や玄関の呼び出し音などは聞こえますが、言葉を聞き取って意味を理解できるようになるには専門的なトレーニングを受けた言語聴覚士によるリハビリを受けることが必要です。手術はあくまでゴールへの通過点にすぎません。デバイスの電源を入れると、耳に電流が流れ音が聞こえるようになりますが、どのくらいの電流を流せば音が心地よく聞こえるかは個人差があります。しばらくは1~2週間おきに通院し、言語聴覚士に相談しながら、音量を調整します。併せて音を言語として聞き取るための訓練を続けます。

 一方、蝸牛と脳をつなぐ神経や脳自体に損傷があると、人工内耳にしても音が伝わりません。事前の検査でこれらの損傷の有無を確認しています。

 ―耳鼻咽喉・頭頸部外科は他にどのような先進的な治療を行っていますか。

 声帯が緊張しすぎて滑らかに声が出せないけいれん性発声障害に対して、発声訓練や声帯の傍らにチタン製金属を埋める手術をしています。重症の睡眠時無呼吸症候群に対しても、舌下神経を刺激して症状を改善する機器を埋め込む手術を中四国で唯一行っています。光免疫療法といって、がん細胞に付着する薬剤を投与した後に光を照射してがん細胞を破壊する最先端の治療もしています。岡山県内各地で公開講座を開き、さまざまな病気と治療法を広く知ってもらえるようにしたいと考えています。

 ◇

 かりや・しん 1992年、岡山大学医学部卒業。徳島大学付属病院、香川県立中央病院、米国ミネソタ大学などに勤務。岡山大学医歯薬学総合研究科耳鼻咽喉・頭頸部外科准教授を経て、2022年12月に川崎医科大学に着任。日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会耳鼻咽喉科専門医・指導医、日本耳鼻咽喉科学会補聴器相談医など。

(2024年04月16日 更新)

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