(62) 前立腺がんの腹腔鏡下手術 倉敷成人病センター 市川 孝治 泌尿器科部長(49) 小さな穴開け術具操作 痛み少なく回復早い

腹腔鏡や手術器具を手に「努力を日々重ね、術法などを向上させていきたい」と語る市川部長

 男性が中高年になれば、用心したいのが前立腺がんである。

 高齢になると発症しやすく、米国では男性に生じるがんの第1位。わが国でも患者が急速に増え、年間死者は今や1万人超、2020年には男性のがん罹患(りかん)者数で肺がんに次ぐ2位になると予想されている。

 市川は、この病を「腹腔(ふくくう)鏡下前立腺全摘術」という手術法で治すエキスパート。「開腹術に比べ体の負担が軽く、回復が早い」と強調する。

 全身麻酔をし、がんが転移しやすい前立腺周辺のリンパ節、前立腺と精嚢(せいのう)を摘出後、切断された膀胱(ぼうこう)と尿道を再びつなぎ合わせる。手術の流れは開腹術と同様だが、皮膚切開で異なる。

 市川の術式は、へそ下1カ所に3センチ、下腹の側腹部など4カ所に0・5〜1・2センチの穴を開け、腹腔鏡(小型カメラ)や手術器具を挿入。モニター画面で体内を確認しながら、電気メスや鉗子(かんし)を巧みな手技で操る。

 皮膚を7〜10センチほど切る開腹術より傷が小さく、痛みが少ないのが特長。加えて「腹腔鏡で拡大した画像を見ながら、細かい手術操作ができ、出血量が抑えられる。最も難しい尿道再建も、膀胱と尿道を丁寧に縫い合わせることが可能」と語る。

 モニターに映るのは2次元画像で遠近感がつかめないが、手術器具を介した「触覚」も駆使し、鍛錬した技能と経験でカバー。手術は3〜5時間程度、入院は9日ほどで「手術翌日から歩行でき、食事も取れる」。

 前立腺の内部にとどまっている早期がんが適応対象で、75歳程度まで施術可能。無論、術後の合併症対策にも余念がない。

 尿漏れに対しては尿道再建の際、独自の縫合法で尿道の固定や角度調節をし「早期改善の効果が出ている」。勃起障害(ED)にも留意し、希望患者にはできるだけ、前立腺近くを通る勃起神経の温存に努める。

 この腹腔鏡下手術は、どこでも受けられるわけではない。保険診療が認められているのは、厚生労働省の基準を満たした施設だけだ。倉敷成人病センターが昨年8月、認定された原動力は市川に他ならない。

 医師を志した原点は40年以上前、生死の境をさまよった闘病体験にある。

 幼い頃から体が弱く、すぐ熱を出し学校を休んでいた。髄膜炎で入院したのは小学3年の時。当時1カ月の記憶がなく、医師から「駄目かもしれない」と親に告げられたほどの重症。懸命の治療で九死に一生を得、少年が将来は医の道へと決意したことは想像に難くない。

 岡山大医学部を卒業し1991年、「好きな子どもから、大人まで幅広く診療できる」と泌尿器科に入局。92年ごろから独自研究を重ね、精索静脈瘤(りゅう)手術などに腹腔鏡を使い始めた。

 腹腔鏡下前立腺全摘術は2011年から前任地の鳥取市立病院で約40例、同センターでは昨年から現在まで約60例に実施。腎臓がんなどを含む腹腔鏡下手術数は通算約500例に上る。

 座右の銘は、日本女子初の五輪メダリスト人見絹枝(岡山市出身)の「愚かなりとも、努力を続ける者が最後の勝利者になる」。日々、自作の練習器具で縫合手技を磨き、向上心が衰えることはない。(敬称略)

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 いちかわ・たかはる 兵庫県立洲本高、岡山大医学部卒、同大学院医学研究科修了。ユストゥス・リービッヒ大(ドイツ)留学、広島市民病院、鳥取市立病院などを経て2012年4月から現職。日本泌尿器内視鏡学会の泌尿器腹腔鏡技術認定医、日本性機能学会評議員。大学でバドミントン部副主将を務め、今も休日に子どもと競技を楽しむ。

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 前立腺がん 進行が比較的遅く、早期に見つければ根治も期待できる。初期には症状がなく、PSA(前立腺特異抗原)検査が発見に有用とされる。

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 外来 市川部長の一般外来診察は月・金曜日午前(9時〜11時半受け付け)と水曜日午後(2時〜4時半同)。月曜日午後(3時〜4時同)には男性不妊・EDの専門外来も担当。専門外来は要予約、一般外来は予約も可能。いずれも、かかりつけ医の紹介状持参が望ましい。問い合わせは予約センター(086―422―2112)。

倉敷成人病センター
倉敷市白楽町250
電話 086―422―2111
メール info@fkmc.or.jp

(2013年06月03日 更新)

※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

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