あなたは過去の自分を乗り越えたか 倉敷中央病院長 小笠原敬三

 戦後21年の昭和41(1966)年に出版された「世界の名著」第1回配本、ニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」。大学受験のため乗った宇高連絡船、列車「鷲羽」の中で読みました。

 1883年、ニーチェが最初の部を一気に書き上げ、手塚富雄により翻訳されたこの書は、理論的というよりは詩的なアフォリズム(警句)に満ちており、理解しがたいものでしたが、「神は死んだ」とか、「われは欲す」とか、自己実現に向かって躍進していく力は感じました。思想としてより、情緒的にその言葉の部分だけ捉えて、それを拡大して考えていたのかもしれません。

 生存することの不快や苦悩をそのまま受け入れ、意味のないどのような人生であっても生き抜くという超人思想の一端を知りました。人間は、権威による命令や指示に従わず、また保護も受けず、「人はいかに生きるべきか」と自らに問わなければならないと、強力な生への意志を説くニーチェは、人は乗り越えられるべき存在であり、あなたは先人を、過去の自分を乗り越えたかと尋ね、安住すればそこから成長はないと説きます。

 ニーチェの説く、服従し学ぶ駱駝(らくだ)、批判し自由となる獅子、創造していく小児という「三様の変化」は、日本での茶道、武道、芸術等における師弟関係のあり方の一つ「守・破・離」を思い出させます。

 まずは師匠に言われたことを守るところから修行が始まり、その後、自分に合った、より良いと思われる型をつくることにより既存の型を破る。最終的には、師匠の型、そして自分自身がつくり出した型から自由になり、型から離れて自在になることができるとされています。
(2014年2月27日付山陽新聞夕刊「一日一題」)

(2014年02月27日 更新)

※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

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